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2017年4月21日放送 20:00 - 20:43 NHK総合

歴史秘話ヒストリア
今夜は名所秘話〜伊勢 鎌倉 富士山 知られざるドラマ〜

出演者
井上あさひ 
(オープニング)
オープニング

今夜は名所秘話について特集。伊勢や鎌倉、富士山などの知られざるドラマについて伝える。

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今夜は名所秘話! 〜伊勢 鎌倉 富士山 知られざるドラマ〜
伊勢神宮 人気定番スポット

定番観光スポットの伊勢神宮は伊勢市駅から外宮から内宮に参拝するのがおなじみのルートだ。参道を登っていくと正殿がある。式年遷宮でも有名なところだと伝えた。参拝後はおかげ横丁で休憩するのがよくあるルートだ。ただ伊勢神宮では他にも名所がある。

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episode1 伊勢神宮 二人のプリンセスをめぐる旅

伊勢神宮には別宮があり、14箇所もある。その中の一つに倭姫宮と呼ばれる別宮がある。ここに祀られている倭姫は垂仁天皇の皇女で、伊勢神宮を支えた皇女だと伝えた。当時、天照大神は天皇の住まいの敷地に祀られていた。しかし大災害が起こったので、新たに天照大神を祀る場所を探すために、倭姫は旅をして場所探しをした。そこで五十鈴川で神のお告げを聴いたと伝えた。そのため伊勢神宮の生みの親は倭姫だと伝えた。

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斎宮駅から降りたところに、もうひとりの伊勢神宮のプリンセスがいる。さいくう平安の杜では祈念祭を行なっていたと伝えた。斎宮は660年続いた朝廷の施設で、最盛期には500人が働いていた。7世紀の壬申の乱で勝利した天武天皇は国を立て直すために大来皇女を伊勢に派遣して神宮のそばで仕えるように命じた。これが斎王の実質的な始まりだと伝えた。この制度は660年続いて、天皇が即位するたびに未婚の女性が斎王に選ばれた。いつきのみや歴史体験館には斎王が利用した輿がある様子が伝えられた。斎宮歴史博物館では斎王の暮らしが再現されている。また斎王が政治に関わるようなこともあり、重要な存在だったと伝えた。斎宮は現在も発掘が続いている。

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鎌倉の定番スポット

次の名所は鎌倉。通常は鶴岡八幡宮に参拝するのが王道。ただこの鎌倉には源頼朝ゆかりのアミダ様がいると伝えた。そこで鶴岡八幡宮から歩いて永福寺跡を訪れた。発掘調査でようやく全容がわかってきた場所だと伝えた。そこでかつての永福寺跡をグラフィックで再現した。当時は中尊寺金色堂のように阿弥陀如来像が鎮座していた。これが頼朝ゆらいのアミダ様の1体だと伝えた。

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episode2 鎌倉 頼朝ゆかり 3つのアミダめぐり

鎌倉幕府を開いた源頼朝だが鎌倉に住み始めたのは34歳のときだったと伝えた。元々頼朝は京都生まれだったが、平氏に敗れて都落ちしていた。しかし1180年に源頼朝が挙兵して、その際に源頼朝を支えたのが関東の武士だった。源頼朝は鎌倉を京都に負けないまちづくりを行なった。その後頼朝は平家を打倒して、奥州藤原氏を滅ぼして全国統一した。そして源頼朝は征夷大将軍に任じられて武士政権を樹立した。永福寺跡はその頃の頼朝が作った場所だと伝えた。

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2体目のアミダ様は常楽寺にある。源頼朝には大姫という娘がおり、源義仲の息子の源義高と将来を約束していたが、源頼朝と源義仲が敵対するようになり、源義高を殺そうとするが、大姫が屋敷から逃したが捕まり殺されてしまった。大姫は悲しみで病に倒れて20歳で亡くなった。大姫の墓の近くには源義高の墓もある。

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最後のアミダ様は高徳院にある。鎌倉大仏は阿弥陀仏だと伝えた。この大仏は今も鎌倉の街を見守っている。江ノ島も頼朝ゆかりの地だ。そこで昔から信仰を集めている江の島岩屋の様子が伝えられた。頼朝も江の島岩屋で必勝祈願をしていたと伝えた。

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富士山 ベストショット

最後の名所は富士山。近年は富士山の撮影がブームで、アマチュアカメラマンが集まっている。山中湖、新倉山浅間公園、ふじのくに田子の浦みなと公園などは人気の富士山撮影スポットだ。葛飾北斎の富嶽三十六景は富士山を題材にした作品として有名だ。

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episode3 北斎の富士山 ゴールデンルート

葛飾北斎が富嶽三十六景を描いたのは70歳を過ぎた頃だ。葛飾北斎は気難しい性格で娘と貧乏暮らしをしていた。そんな時に西村屋与八から富士山を描いてみないかという話があり、葛飾北斎もその気になっていたので富嶽三十六景を書くことになったと伝えた。そこで葛飾北斎は富士山を描く旅をしていった。そこで赤富士が描かれた場所はどこなのかと伝えられた。久保覚さんは凱風快晴が書かれたのは富士川の沖ではないかと語った。そこで実際に北斎の絵と同じように見えるのか伝えられた。富嶽三十六景は人気になり飛ぶように売れた。他にも富嶽百景を出したと伝えた。

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(エンディング)
エンディング

エンディング映像。

次回予告

番組の次回予告。

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