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2017年5月20日放送 1:25 - 1:55 TBS

JNNドキュメンタリー ザ・フォーカス

出演者
(オープニング)
オープニング

オープニング映像。

特命 赤報隊を追え~朝日新聞襲撃事件30年~
朝日新聞襲撃事件

襲撃事件が起きたのは30年前の憲法記念日の夜。記者たちが鍋を囲んでいるところを赤報隊は襲った。まず、3mほどの距離から記者の左胸にめがけて発泡、次いで1mの至近距離から脇腹に発泡し無言のまま立ち去った。瀕死の記者は「畜生」と口にし、息を引き取った。その後赤報隊は犯行声明を出した。朝日新聞に対し異常な敵意を持つ愛国主義者が声明から伺える犯人像だ。樋田さんは当時、大阪社会部の記者だったが、阪神支局の記者経験もあることから取材チームの一員に加わる。最初の仕事は支局周辺の聞き込み。周辺の家の大体の人は銃声を聞いた。仲間が殺されたので事件解決の為に協力してくださいと話したら一緒に泣いてくれたりしたと樋田さんは話す。兵庫県警の捜査幹部は関西地区の朝日新聞の施設を見て回ったら夜間人通りが少ない、逃走しやすいなどから阪神支局が一番狙いやすいと話していたとし、全長として阪神支局のみに無言電話がかかってきていたと話した。

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事件を追う 樋田毅

樋田さんの自宅の書斎には30年分の資料が棚に並んでいる。樋田さんは資料を集めても意味がない、これを元に取材を続けていることで赤報隊に負けないことだと話した。赤報隊を追い続けるだけのミッションは3年で終わった。しかし、それ以降も他の記事を書きながら犯人を追い続ける使命を担ってきた。30年間で300人の右翼とあったと樋田さんは話す。赤報隊事件の時効から6年後の2009年。週刊新潮が襲撃事件の実行犯を名乗る男の手記を取り上げた。事件解明か世間は色めき立ったが、その後男の作り話であることが判明。当時樋田さんもこの問題に向き合った。樋田さんは新潮社から問い合わせが来たときも 丁寧な解答文を出したにも関わらず記事が出たとし、その後の言及記事を書いたと話した。

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朝日新聞阪神支局

この日50人の新人記者が阪神支局に集まった。朝日新聞は毎年新入社員を対象に、襲撃事件に関する研修を行ってきた。事件を解説するのは樋田さんの役割だ。実感を持ってもらいたいとあえて模造銃をもって当時のことを語る。新人記者への講義は3時間あまりに及んだ。講義の最後を「朝日新聞は30年前に赤報隊に襲撃された新聞社であること。そして赤報隊の正体を追い続けた多数の記者たちがいた新聞社であることに挟持を持っていただきたい。挟持とは他人に見せびらかすことではなく、心の中に密かに持つ誇り」と締めくくった。研修を受けた新入社員はいざ身に起こったら怖いと思う反面でそれでも背負っていかなければいけないものがあるだなと強く自覚したと述べた。

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朝日新聞労組主催「5・3集会」

事件から30年目の 5月3日。神戸市内で開かれた集会には市民など500人あまりが参加した。壇上ではジャーナリズムの現状について議論がかわされた。

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朝日新聞東京本社前

一方、東京の本社前では右翼によるデモが行われた。

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(エンディング)
エンディング

エンディング映像。

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