[お知らせ] 検索機能をつけました。どうぞご利用ください。
TVでた蔵トップ >> キーワード

「スターウォーズ」 に関するテレビ情報

2017年3月21日放送 4:25 - 5:25 フジテレビ
めざましテレビ アクア 新人・堤アナがツ・タ・エ・マ・ス

スターウォーズに登場するC‐3POをイメージしたジェット機が公開された。スターウォーズの世界観が感じられる演出となっている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年6月11日放送 1:00 - 1:30 テレビ朝日chouchou1930年代のハリウッド映画
夏目三久らが、好きな映画についてトーク。

2017年6月9日放送 2:18 - 3:28 NHK総合BS1スペシャル終わらない人 宮崎駿
2015年1月。宮崎は引退表明後、スタジオ近くのアトリエにいた。宮崎は今の世の中に合わせて生きる気がないと話す。そして、自分はリタイアじじい、前と同じように集中すると体がダメになるから遊び遊び作品を作っているという。宮崎がこだわったのは手描き。宮崎は線一本の妥協も許さない映画の鬼だった。宮崎は、後継者は育てた、後継者を育ててやらせるとその人達の才能を食べちゃう、こいつにやらせてみたいという人間は1人もいなくなった、スタジオは人を食べているなどと述べた。
2015年3月。宮崎は短編CGを作るためにCGのアニメーションを見てきたという。鈴木敏夫は「やっぱり死ぬまで作りたいんだと思うよ。引退は長編から、短いものはやりたいってことですよ」と語る。
2015年5月。CGアニメーターたちが宮崎が企画した「毛虫のボロ」のアニメーションを試しに作ったという。それを見た宮崎は、面白いとコメントし、うまくいきそうな気がしてきたなどと述べた。宮崎は、挑戦すると言われるとムカムカする、トボトボ行くと話す。
2016年6月。宮崎はスタジオに訪れ、「毛虫のボロ」のイラストを描いていく。宮崎は、「なんでもない光景を描きたいと思うんだけど描けないよね。何でもない光線。何でもない光景。だけどみんな見たことがあると思えるやつ。」と話す。
2015年8月。ジブリアニメーターの篠原征子さんが亡くなった。宮崎は、体力のなくなった年寄りにもう一回青春が来るんじゃないかと思うのは錯覚だと話した。CGディレクターの櫻木優平らが合流し、本格的な短編アニメーション作りが開始された。宮崎が描いた絵コンテをどうCGで表現するかは櫻木たちに一任されている。櫻木はキャラは多くないから作り出したら早い気がすると話す。鈴木敏夫は宮崎について、「宮さんって若い人とつきあうとすぐ元気になるんだよ。その若い人たちはどうなるか?年寄りとつきあってだんだん年取ってくるのよ。宮さん自体はさ、それを吸い取ってどんどん元気になっていく。宮さん生きてる限りそれをやろうとするんじゃないかな」と語った。
櫻木らが作ったCG映像に注文をつけていく宮崎。製作が進む中、宮崎は「オレはレイアウトやってみせなきゃしょうがないんだよ」 と1枚1枚手描きで動きを描く。これを見せられた櫻木らは「これだけ描かれたら無視できない。宮崎さんも助けになればと思って描いてくれてるんだろうと思いますけど。」と語る。NHKスタッフから「もう一回長編をやる?」と聞かれた宮崎は、「そんな簡単にやりましょうなんて言う気はないですよ。そうだったら辞めないよ」と語る。
2015年10月。櫻木が動きを付けたというCGを観た宮崎は、振り向き方が大人になっている、世界を初めて見るわけだから基本的には鈍臭い方がいいと話し、納得がいっていない様子だった。宮崎は、「あんなものをやるくらいなら潰したほうがいい、この何十年かの積み重ねがパーになる瞬間。そこでどんだけ戦うか?だよね。そういう戦いを自分で仕掛けてしまったんだ。だけどまだ血の雨は降っていない」と話した。
2015年12月7日。宮崎は鈴木の元を訪れ、CGは面倒くさい、止めたほうがいいんじゃないかと思うと話に来た。そして、CGアニメーター達に「どうやってやったの?」というものを作りたいと話し、これまで触らなかったコンピューターに触れ、これまで伝えきれなかったイメージを伝えた。しかし手描きのようにはいかず、もどかしそうにしていた。中でもうまくいかないのが冒頭のシーン。宮崎は、情けない、どうしていいのかわからないと嘆いた。鈴木は、自分の神通力が通用しないことに対する嘆きだろう、本当の引退、そこでの七転八倒などと話した。
2015年12月18日。宮崎は30代40代のような沸き立つ気持ちは持ちようが無い。自分を動かすのはなにもしないのはつまらないからだと思うと述べた。その上で、ヘボは作りたくないと語る。
2015年12月24日。宮崎は謎がわかったとして、生き物の気配を足そうと話し、“夜の魚”を置こうと提案した。宮崎は映画できちゃった時に情けない思いをしないように、やっときゃ良かったと思わないようにすることが大事だと話した。宮崎は、世界は美しいという映画を作る、そういう目で見たいだけだと話す。完成したものをみた宮崎はなんとも言えない不思議な映画だと話した。
2016年4月。宮崎は「いま作るんだったら何を作るんだろう?って思うけどね。」と話す。再び、NHKのスタッフから長編をやれたらという思いがあるのかと質問された宮崎は、「やれたら面白いと思うけど、それはもう途中で倒れるね。長編を作るっていうのは生やさしいものじゃないから」と語る。
2016年6月。IT企業でCGを開発している人たちに宮崎は出会った。企業の人達は、CGに人工知能を覚えさせることで気持ち悪い動きが出来たなどと宮崎に映像を見せる。それを観た宮崎は、障害者の友人のことを思うと、おもしろいと思えない、気持ち悪いものを作りたいなら勝手にやってくれなどと話した。企業の人達は、「人間が描くのと同じように絵を描く機械」を目指しているという。宮崎は、地球最後の日が近い感じがする、人間のほうが自信がなくなっているからだと話した。後日、宮崎はプロデューサーの鈴木に長編映画の企画書を見せた。
2016年10月。宮崎と映画を作り続けてきた保田道世さんが亡くなった。宮崎は机に向かい新作の絵コンテに手を付け始めた。宮崎は女房にも言っていない、言う時は途中で死んでもいい覚悟でやるから認めてくれというしかないなどと話した。

© 2009-2017 WireAction, Inc. All Rights Reserved.Powered by FUJISOFT Inc.