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「ソウル五輪」 に関するテレビ情報

2017年1月9日放送 0:25 - 1:25 日本テレビ
Going! Sports&News (新成人 憧れのスポーツ選手SP)

鈴木長官の代名詞がバサロキック。しかし当時はレースでバサロキックを長くする選手はいなかったが、下半身の強化と心肺機能の強化し無酸素で最大100mを泳げるようになっていた。迎えたソウル五輪ではバサロキックで2位につけ逆転し金メダルを獲得した。常識を覆すアイデアが大事という。
実績をかわれた鈴木長官は、2015年にスポーツ庁初代長官に就任し、日本スポーツ界の発展を任された。メダル獲得競技数を増やすため、鈴木プランを打ち出し、女性トップアスリートへの支援強化のためナショナルトレーニングセンターに託児所を設けるなど、競技環境整備など6つのテーマを挙げている。中でも革新的なのは、才能ある若い選手の可能性を広げる活動だという。競技の中で埋もれている才能を発掘し他競技で活かしていくという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年1月18日放送 5:50 - 8:00 日本テレビZIP!アレナニ?
きのう2020年東京オリンピック・パラリンピックの第1回マスコット選考検討会議が開かれた。夏季五輪のマスコットキャラクターは、1980年のモスクワ大会から定着しており、これまでに10の大会で作られたとのこと。
歴代マスコット人気ランキング10位は2000年シドニー大会で、オーストラリアの野生動物をモチーフにしたマスコットとのこと。
8位は同数で、1992年バルセロナ大会の「犬のコビー」と2016年リオ大会の「ビニシウス」とのこと。
6位は同数で、2004年アテネ大会の古代ギリシャに伝わる人形をモチーフにした「アティナ」「フィボス」と、2012年ロンドン大会の「ウェンロック」で、スタジアム建設などで使われた鉄の破片から作ったとされる。
5位は2008年の北京大会で、5つの輪をイメージして5人の子どもがモチーフとのこと。
4位は1988年ソウル大会の、トラの子供がモチーフになっている「ホドリ」とのこと。
3位は1996年・アトランタ大会のマスコットキャラクター「イジー」で、派手な色や大きな目が特徴的とのこと。
2位は1980年・モスクワ大会の「ミーシャ」で、大会前には日本でもミーシャのアニメが放送されるほど人気があったとのこと。
1位は1984年・ロサンゼルス大会のイーグルサムで、鷲と国旗でわかりやすいのが人気とのこと。
スタジオでは五輪マスコットキャラクターについて山口達也などは「わかりやすいのがいいよね」などとトークする。検討会議では3月末を目処にIOCへ具体的な選考方法の案を提出するとのこと。

2017年1月18日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日グッド!モーニングニュースまとめ
東京オリンピック・パラリンピックの公式マスコットに関する検討会議が始まった。会議では、決める方法や応募の資格などについて3月まで議論する。メンバーは、サブカルチャーに詳しい中川翔子さんら多彩な顔ぶれ。公式エンブレムを決める際には盗作疑惑が浮上しただけに、委員からはマスコットは難易度が高い、炎上必至という予感がするなどと述べた。公式マスコットが初登場したのは1972年のミュンヘン大会。会議では、国民が参加できる形で決めることなどが確認された。

2017年1月10日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日羽鳥慎一モーニングショー羽鳥が現場へ直行!聞きトリ
過去にソウル・オリンピックに出場した栄は4回戦敗退。その後指導者をしているうちに日本レスリング協会からは、同時五輪種目ですらなかったマイナー競技、女子レスリングの指導者になるように命じられた。その際には会長から「将来、絶対に女子レスリングは五輪種目になり、メジャーな種目になる」と言われたという。しかし女子選手を指導する独特の難しさもあり、一人の選手に肩入れをすると周りがしらけてしまう。個人の練習メニューを作るのではなく、全ての選手に同じメニューを行うようにする、という練習方法はここから編み出されたものだった。この練習方法によりチーム全体の力が底上げされたという。他にも「指摘することは指摘し、指摘した後に放っておかずに、雑談で笑わせ、コミュニケーションを取る」や手品を披露するなど女子選手の心をつかむ栄ならではの取り組みを紹介。

2017年1月9日放送 1:05 - 2:18 NHK総合グッと!スポーツ2016 世界を驚かせたアスリートSP
マエケン体操を見せてくれるという。マエケン体操も海を渡って流行っているという。マエケン体操は肩幅に足を開き前かがみになり肘を内側に入れていき後ろを大きく取って回していくという。

2017年1月8日放送 12:54 - 14:00 テレビ東京開運!なんでも鑑定団開運!なんでも鑑定団
千葉市の整形外科医院の院長をしている霜禮次郎さんは1972年に開業、スポーツドクターも持っていてかつてはオリンピックに行った事があるという。剣道をしていたがアキレス腱を切った事でクレー射撃に転向し1979年、わずか3年で全日本選手権大会スキート種目に初出場し初優勝。モスクワ五輪代表候補となった。ロサンゼルス五輪、ソウル五輪ではスポーツドクターになりバルセロナ五輪では射撃監督になった。お宝は小学生の頃、近所に住んでいた画家が描いたものだという。
スタジオに霜禮次郎さんが登場し「田中一村の掛軸2幅」を持ち込んだ。田中一村は1908年、栃木県栃木町に生まれ彫刻家の父から南画の手ほどきを受け7歳の時、児童画展で受賞した。父は稲村の子という意味で米邨という名を与えた。1926年、東京美術学校日本画科に入学したが父が倒れ学費が払えず3ヶ月で中退。それから呉昌碩風の南画を描いて一家を支えた。南画と決別すべく描いた「水辺にめだかと枯蓮と蕗の薹」は認められず失望を味わい全ての支援者と絶縁してしまった。30歳の時に千葉寺に移り住み力仕事で家族を支えながらスケッチし歩いた。1947年、第19回青龍社展に「白い花」を出展し初入選を果たした。この時、米邨から一村に改めた。だが、これが生前作品を発表した唯一の機会で翌年に出品した「秋晴」は落選し院展や日展にも挑んだがことごとく落選した。1958年、奄美大島に渡り自給自足生活を行い、日給450円の紬工場染織工として働き60万円を貯めると染織工を辞し金が尽きるまでと覚悟を決め高価な絵の具に向かい絵筆を握った。1977年9月11日、心不全により他界した。今回出品された2品は「白梅に軍鶏」、「荷車と農夫」とタイトルが付いている。

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