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「彦根城」 に関するテレビ情報

2017年3月21日放送 7:30 - 8:00 テレビ東京
歴史の道 歩き旅 (忍者の里から井伊家ゆかりの地・彦根を目指す旅)

琵琶湖の南東にある滋賀県甲賀市へ。東海道五十三次・49番目の宿場町、土山宿が代表的な町。土山宿本陣跡は1634年、徳川家光上洛の際に設置された。勝海舟や、細川家の人々が宿泊した。奥には明治天皇が泊まった部屋も。

住所: 滋賀県彦根市金亀町1-1

URL: http://www.hikone-400th.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年4月17日放送 19:00 - 21:48 テレビ朝日高田純次&タカトシ春の鎌倉で帰れない旅/クイズプレゼンバラエティー Qさま!!Qさま!! 日本&世界の城から全問出題SP 第1R通常問題
大阪城や姫路城などイベントによって訪れる人も増加しているが、城好き俳優軍団が順に10の日本の城の中から1つを選びその城にまつわる選択問題に解答した。熊本城「城主に献上されたのは?(からし蓮根)」、名古屋城「どの都道府県にある?(愛知県)」、丸亀城「城内に工房があるのは?(うちわ)」、江戸城「城主になった人物は?(徳川家康)」、彦根城「住んだ人物は?(井伊直弼)」などが出題。

2017年4月14日放送 20:02 - 20:45 NHK総合歴史秘話ヒストリアあの天守をもう一度 熊本城 愛と努力の400年
熊本城の生みの親、戦国武将加藤清正。槍一本でトラを退治したというエピソードが残る武将だが城づくりの名人としても知られる。熊本城は清正が人生の全てをかけてつくり上げた集大成の城。加藤清正は幼い頃から豊臣秀吉に仕え、秀吉を父のように慕っていた。慶長3年、秀吉が亡くなると清正を取り巻く状況は一変。関ヶ原の戦いに勝利した徳川家康は江戸に幕府を開き豊臣家を脅かし始めた。その頃清正が築いていたのが自分の領地の城、熊本城だった。記録によれば清正は大阪城が落ちることがあれば秀頼を熊本城に迎え入れ戦う覚悟だったという。こうしてつくられた熊本城は清正の固い決意を感じることができる。熊本城を訪れるとまず見えるのが石垣、城の天守を守るように重なって建っている。熊本城の石垣は低いものでも高さ10メートル、高いものは20メートル以上にもなり、末広がりの形になっている。城を攻める兵が登れないつくりで、別名武者返しの石垣。梯子をかけて石垣を登ろうとしても末広がりのため高いところまで届かない。また迷路のようになっていて先に進みづらくなっている。
城の中心にあるのが大天守。昭和35年に再建されたもので、中は鉄筋コンクリート製だが外観はかつての姿を再現したもの。高さ30メートルで、大天守の横には小天守がある。江戸時代の絵図を見ると大天守と小天守の周りにさらにたくさんの建物が描かれている。これらは敵を迎え撃つための櫓で数は60。中でも大きなものは宇土櫓、400年前城がつくられた当時から残る建物で国の重要文化財に指定されている。宇土櫓は高さ19メートルで彦根城や松山城の天守とほぼ同じ高さで他の城なら天守として通用するため、第3の天守と呼ばれている。1年前の地震で壁の一部が崩れたが建物の倒壊は免れた。熊本城の完成当時の姿を再現してみると、広さは東京ドーム21個分。高い石垣が何重にも張り巡らされ上には大小2つの天守と60の櫓が睨みをきかせる、熊本城は攻め入る隙のない要塞だった。加藤清正が豊臣家への思いをこめて築いたが決戦の舞台になることはなかった。

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