スクラップブックには日々の取組の勝敗や取組ごとにメッセージが添えられていた。亡くなった彼女のアルバムには彼を送った東京駅の入場券も大切に取ってあった。博且は4場所連続負け越し、さらにケガによる途中休場で序二段に落ちた。御巣鷹の尾根に向かった博且は彼女が発見された場所に建てられた墓標を見て、彼女との夢である相撲しかないと奮起。慰霊登山の1ヶ月後、序二段優勝を果たし名前を琴旭基と改め三段目を優勝。しかし、左膝靭帯の故障で引退を決意した。彼女に褒めてもらったまげを大切にしたいという理由から断髪式を断り1998年、大阪にちゃんこ屋を出した。