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「松方弘樹」 に関するテレビ情報

2017年1月12日放送 4:00 - 4:25 フジテレビ
めざましテレビ アクア エンタメアクア400

現在、脳リンパ腫で入院中の俳優の松方弘樹が、去年秋から3度の脳梗塞を発症していたことを、きょう発売の女性週刊誌が報じた。体の自由がきかず、車椅子で生活しているという。また、自力で食事がとれないため、点滴で栄養を補給している状態で、意識が混濁することもあると伝えている。(サンケイスポーツ)

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年3月16日放送 15:50 - 19:00 日本テレビnews every.(ニュース)
渡瀬さんは、大手広告代理店に就職し、サラリーマンとして働いていた。1969年に東映と契約し、芸能人デビューを果たした。名前は本名だったが、別の芸名が用意されていた。1970年に「殺し屋人別帳」で主役として俳優デビューを果たした。その後は、菅原文太さんや松方さんなど共演した「仁義なき戦い」シリーズでスターの仲間入りを果たした。またテレビドラマでも活躍し、サスペンス作品に多く出演した。一方歌手としての顔もみせており、自身が出演した入浴剤のCMソングを歌うなどマルチな才能を発揮していた。また1990年には静岡・駿河湾を望む高台にペンションをオープンさせた。記者を案内しながらも、おちゃめな一面も見せていた。プライベートは、1973年に大原麗子さんと結婚したが約5年後に離婚。その後一般女性と再婚し、一男一女が誕生した。
渡瀬さんの突然の訃報に俳優仲間が心境を明かしてくれた。約23年刑事ドラマでコンビを組んだ伊東さんは「私より若いのになくなってしまったことにショックを受けています。来月ドラマでご一緒するはずだったのにサヨナラになるとは…」と話した。山村さんは「土地のおいしい料理をご馳走になり、いろんな話を伺わせていただいたり尊敬していました。突然のことに悲しみが深すぎて気の利いたお別れの言葉も見つからず、申し訳ございません」と話した。葬儀は近隣者のみで営まれるという。鎌田さんは「余命1年といわれていた中で仕事を続けていて、すごい役者魂を感じます。ご冥福をお祈りしたいと思います」と話した。

2017年3月16日放送 11:55 - 13:45 フジテレビバイキング(ニュース)
「十津川警部」「おみやさん」などでおなじみの俳優・渡瀬恒彦さんが、おととい胆のうがんのため東京都内の病院で死去した。1月21日に松方弘樹さんが死去した際には「年齢も近く、東映の撮影所で共に育った。今は言葉が出ない。」とコメントしていた。所属事務所は「3月からの撮影に向けて準備をしていたが、3月に入り多臓器不全により都内の病院で息を引き取った。葬儀は本人と家族の意向で親族のみで執り行うこととなった。」などとFAXでコメントしている。渡瀬恒彦さんは、1970年に26歳で主役デビューし、1973年には「仁義なき戦い」に出演し女優の大原麗子さんと結婚する。1978年にはブルーリボン賞・日本アカデミー賞を受賞し、大原麗子さんとは離婚する。その後は一般女性と結婚し、「南極物語」などの作品に出演しているとのこと。一方で、渡瀬恒彦さんの強さは伝説となっておりアメリカ人3人を1人で撃退するなどのエピソードが有り、その渡瀬恒彦さんがリスペクトしていたのは兄の渡だったとのこと。スタジオの坂上忍などは「渡瀬恒彦さんと渡さんと共演したことあるが、渡瀬恒彦さんは共演者のことを見ているから、動きにくいところについて好きな用に動いていいから、俺が合わせるというタイプだった。」などとトークする。一方で離婚した大原麗子さんと26年ぶりに共演したことがあり、2009年の大原麗子さんのお別れ会では渡瀬さんも参列したとのこと。

2017年3月16日放送 10:25 - 11:30 日本テレビPON!(エンタメ)
俳優の渡瀬恒彦さんがおととい多臓器不全で死去した。72歳だった。春からスタートするドラマの撮影に意欲を見せていた。25歳を過ぎて俳優デビュー。数々の人気作に出演していた。おととし胆のうがんが見つかり入退院を繰り返していた。葬儀は親族のみで行う予定。

2017年3月16日放送 10:25 - 12:00 テレビ朝日ワイド!スクランブル(ニュース)
渡瀬恒彦さんの遺体は、現在家族の元へと戻っており、所属事務所はFAXで「3月に多臓器不全により都内の病院で息をひきとりました。葬儀は本人と家族の意向により親族のみで執り行う。」などとコメントしている。渡瀬恒彦は、映画「仁義なき戦い」「釣りキチ三平」やドラマ「おみやさん」「警視庁捜査一課9係」などの人気シリーズに出演していた。
渡瀬恒彦さんは、サラリーマン時代に東映の故・岡田茂社長に口説かれて役者へとなり、極力スタントマンを使わずに危険なアクションを挑んだとのこと。スタントマンを使わなかったことについて本人は「競争する所がそこしかなかったから。今までサラリーマンをしてたやつが何日か後に映画の主役をさせるすごい会社。」などと話していたとのこと。スタジオの末延吉正などは「この兄弟はかっこいいと憧れていた。去年このスタジオで拝見できたときは嬉しかった。」などとトークする。
渡瀬恒彦さんは、2011年に兄・渡哲也と共演した作品の制作発表会見で、お互いの印象について渡哲也は「弟はわたしを遥かに超えた俳優になった」などと語り、渡瀬恒彦さんは「兄は相変わらず直球しか投げられない人と感じた」などとやり取りしたとのこと。
渡瀬恒彦さんは、南極物語の撮影の際に、ラストシーンのために共演した犬と一緒に生活したほうがいいと申し出ており、タロとジロ役の犬を撮影後に引き取り最後まで自身で面倒を見たとのこと。
スタジオの原田智恵は「渡哲也さんと渡瀬恒彦さんはとても仲が良かったと聞いている」などと話す。

2017年3月16日放送 8:00 - 9:55 TBS白熱ライブ ビビット(ニュース)
渡瀬恒彦さん(72)が一昨日、都内の病院で亡くなったことがわかった。渡瀬さんは2015年夏ごろに体調不良を訴え検査、胆のうに悪性腫瘍がみつかり入院。5ヵ月間、仕事を入れず抗がん剤投与と放射線治療を続けていた。その後、仕事を続けながら治療していた。2011年には兄・渡哲也さんと40年ぶりの兄弟ダブル主演で話題となった。「仁義なき戦い」、「事件」、「南極物語」など映画に出演。ドラマ「十津川警部シリーズ」では54回主演を務めた。今年1月、松方弘樹さんが亡くなったときには「東映の撮影所で共に育ってきた。今は言葉がでません。」とコメント。  

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