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「気仙沼市(宮城)」 に関するテレビ情報

2017年5月20日放送 6:00 - 7:00 NHK総合
NHKニュース おはよう日本 (リポート)

作家の熊谷達也さんが気仙沼市の思い出と被災後の苦悩を語る。震災後新しい小説が書けなくなった。そんな熊谷さんの気持ちをつなぎとめたのは出版社荒蝦夷代表の土方正志さん。「壊滅する前の気仙沼がどうだったか書けるのは熊谷さんしかいない」この言葉で熊谷さんは執筆活動を再開。気仙沼をモデルにした架空の街、仙河海で生きる人達をテーマに「リアスの子」を発表した。震災から6年が経ったが、熊谷さんは未だに迷いを感じながらもこれからも様々なテーマを通して震災を描いていきたいと話した。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年5月29日放送 0:00 - 0:05 NHK総合ニュース・気象情報(ニュース)
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城・気仙沼市で、計画されていた災害公営住宅が震災の発生から6年で全て完成し、記念の式典が開かれた。式典では入居者の代表にカギのレプリカが渡された。宮城県によると、県内では先月末の時点で86%の災害公営住宅が完成したが、仮設住宅に暮らす人と、いわゆる「みなし仮設」も合わせると今も1万7000人余りにのぼっている。

2017年5月28日放送 17:30 - 18:00 テレビ朝日ANNスーパーJチャンネル(ニュース)
宮城県気仙沼市で災害公営住宅が完成し、入居者に引き渡された。気仙沼市は2087戸の災害公営住宅を整備し、全ての引き渡しが完了した。

2017年5月28日放送 14:55 - 15:00 NHK総合ニュース(ニュース)
東日本大震災の津波で大きな被害を受けた宮城県気仙沼市で、計画されていた災害公営住宅が震災の発生から6年で全て完成し、記念の式典が開かれた。最後まで工事が行われていたJR気仙沼駅前の住宅がこのほど完成し、今月31日からの入居を前に入居者の代表にレプリカの鍵が贈られた。

2017年5月14日放送 10:20 - 11:08 NHK総合明日へ−つなげよう−忘れじの旅 2017春
山本さんは3年ぶりに宮城県の気仙沼市を訪れた。気仙沼市は国内有数の水揚げ高を誇る漁業の町である。初めて町を訪ねたのは震災直後で町の被害は180億円にものぼった。前回訪ねたときは更地だったところがビルのようなものが増えた。
魚市場はどうなったのだろうか?訪ねてみる。マグロやメカジキが水揚げされていた。震災前の8割まで水揚げは戻ったという。山本さんは3年前に話を聴いた岩渕さんと再開した。この春待望の新入社員が5年6年ぶりに震災後初めて入ってきたという。
山本さんは、震災前商店街があった通りで前回の取材で気になっていた蒲鉾店のいちまるを訪れた。店は新たに作られた建物の1階に移転していた。店の3代目尾形啓一さんと再会。以前会った時は尾形さんは店を移転するかどうか迷っていた。津波で店は全壊したが尾形さんは震災後5か月頃には店の再開にこぎつけた。しかし3年前店の場所は嵩上げ工事のため立ち退きを余儀なくされた。工事が終われば戻れるが客が戻らない恐れがあった。結局尾形さんは店を移転し売上を震災前までに回復させた。それを支えているのはメッセージ入りの蒲鉾で毎年話題にあがっている言葉を蒲鉾に書いて販売している。今年の言葉は「アモーレ」であるという。最初は「絆」でありがとうとか感謝だったという。震災から6年の歳月を見つめてきた尾形さんの蒲鉾だ。
災害公営住宅の建設が進む気仙沼。山本さんは震災直後に避難所で出会った加藤勝子さんと再会した。今年1月仮設住宅から転居し家の広さは3倍になったという。加藤さんは食料品店を営んでいたが店舗兼住宅は津波で全壊し仕事と住まいを失った。加藤さんは命も大事だけどお金も大事だと震災直後話していたという。もう一つ付け加えると健康も入ると思ったと語った。加藤さんはアメイジング・グレイスを山本さんに披露した。
復興への熱い想いを聞かせてくれた畠山孝志さん。魚の加工品を作り販売をしていたが津波で自宅と工場をなくしたが翌年には仮設の工場で営業を再開。駆り立てたのは津波への怒りだったという。3年ぶりに再会した畠山さんに今の想いを聴いてみると返ってきたのは意外な答えだった。震災前畠山さんの工場は港の近くにあり近所の人が度々鰹節を買いに来ていた。現在の売上は6割ほどで得意先の多くが土地を離れたからだという。工場の2階に思い出の品があるという。かつて自治会の副会長だった畠山さんは最初に自治会館の看板や備品を見せてくれた。花見や盆踊りのポスターなどであった。「今になって思うのは昔はあって当たり前だったが行事をやらなくなってから思いをはせるんだよね。寂しいね。」と畠山さんは語った。
山本さんは明かりが灯り始めた夜の港町を歩いた。明治時代から続く老舗の酒造社を訪れた。迎えてくれたのは意外にも若い主人だった。斉藤大介さんは酒造業で6代目になるという。年齢は26歳だとのこと。国の有形文化財に登録されていた斉藤さんの店は気仙沼の象徴の建物だったが津波で失われた。2年前家業を継ぐため気仙沼に帰ってきた。以来斉藤さんはアイデアを次々と打ち出した。去年店の一角には立ち飲みスペースをつくった。新たな酒造りにも力を入れている。気仙沼をピーアールしようと1年半かけてゆず酒を開発。気仙沼の復興にどうつなげるか6代目の挑戦だ。山本さんも一杯いただくことにした。ゆずのすっぱさと甘みがうまくかみ合った味であった。斉藤さんはうちだけでも明かりをつけてみなさんの足元を照らせたらと思うと語った。父の嘉一郎さんは息子の挑戦を見守っている。逆境を活力に変えていく若い力に託している。

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