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「池田勇人首相」 に関するテレビ情報

2017年5月20日放送 5:30 - 6:15 TBS
上田晋也のサタデージャーナル (第7号 狙いは?背景は? 急速に進む「働き方改革」)

日本が世界から経済大国と認識されるようになったのが、高度経済成長期。池田勇人首相は所得倍増計画を打ち出し、10年で国民の所得を倍増させることを目標とした。当時のサラリーマンの新人研修では心身を鍛えるために滝行などの荒行にも挑んでいた。こうして日本は世界第2位の経済力を手に入れた。団塊の世代は経済成長を支える大きな労働力となった。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年5月20日放送 5:30 - 6:15 TBS上田晋也のサタデージャーナル(第7号 狙いは?背景は? 急速に進む「働き方改革」)
日本経済成長の鍵が池田勇人元首相の「傍の人を楽にする」という言葉にあった。その意味とは?

2017年5月11日放送 1:00 - 2:00 NHK総合NHKスペシャル日本国憲法 70年の潮流〜その時、人々は〜
1960年代後半まで憲法改正を改正する「必要がある」、「必要がない」がほぼ拮抗していた。当時の池田勇人、佐藤栄作内閣は経済成長を最優先とし、憲法改正を政治日程から遠ざけていた。68年にGNPが世界第2位となり、敗戦からの復興は東洋の奇跡と称された。その一方、 国会の場で憲法改正を口にするだけで大臣が辞任に追い込まれる事態となっていた。こうした中で1970年11月25日に三島由紀夫が憲法改正を訴え、自衛隊に決起を呼びかけた。その後、三島は割腹自殺した。国民は時代錯誤などと冷めていたなか、事件に強く共鳴したのが右派の若者らと構成された日本青年協議会。メンバーは2000年代になると改憲運動を全国で展開していく、日本会議の幹部となっていく。
日本会議の政策委員で、国士舘大学の特任教授を務める百地章氏は「三島由紀夫の意志だけは継いでいきたいという気持ちがあった」と回顧した。日本青年協議会は明治憲法こそが日本に相応しいと、現行憲法の破棄を主張。76年5月には自民党本部に1500人余が集まり、糾弾した。だが厳しい批判を浴び、団体は憲法破棄を封印した。当時、国民の間で憲法改正の機運は無く、戦争放棄を定めた9条の理念が広く浸透していた。元自民党総裁の河野洋平氏曰く、独立国家として他国から認められる中、自主憲法を持たねばならないという自民党の党是は時代錯誤で、他の課題に注力すべきと感じていたという。そして82年、憲法改正を主張してきた中曽根康弘氏が首相に就任するも、「憲法改正を政治日程にのせる考えは目下のところない」と主張していた。

2017年5月10日放送 8:00 - 9:55 TBSビビット中田プレゼンテーション
失言が大成功となった例を紹介。1950年、池田勇人大蔵大臣の言葉「貧乏人は麦を食え」。本人が実際に言った言葉ではなく、資本主義経済に関する発言が拡大解釈され猛反発された。池田氏は自身の発言が大きな影響を与えることを自覚し、平身低頭で国民に対して接した。結果、内閣総理大臣として功績を大きく残した。中田さんは失言をリカバーしたり、そこから学ぶことができればその失言は最終的に財産になるかも知れないなどと話した。

2017年5月8日放送 23:15 - 0:15 テレビ朝日橋下×羽鳥の番組まさかの暴言・失言の真実なんでそんなこと言っちゃったのSP
政治史に残る失言・問題発言を紹介。池田勇人大蔵大臣は「貧乏人は麦を食え」と発言したと報道された。吉田茂総理がバカヤローと暴言を吐いたと新聞各紙が報じ、衆議院が解散した。渡辺美智雄議員は、「人間は働けなくなったら死んでいただくと経済的に一番効率がいい」など、数々の失言をした。

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