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「脳梗塞」 に関するテレビ情報

2017年5月19日放送 20:57 - 22:00 TBS
中居正広の金曜日のスマイルたちへ 金曜日のリクエスト 芳村真理

4月某日、芳村真理が西城秀樹と30年ぶりの再会を果たした。西城秀樹は2003年と2011年に2度の脳梗塞で倒れた。命に別状はないが右半身にマヒが残る結果となった。そんな西城秀樹と再会、スタイルは当時と変わっておらず、その姿に芳村は驚きを隠せなかった。2人は30年会っていないのがウソのように打ち解けあい、芳村は「動脈瘤が見つかってから気持ちを新たにした。すると今はすごく元気になった。病気はそういう事を考える機会になる」と伝えた。西城は今でも積極的に公演を行っており、待っている人がいる限り舞台に立ち続けるという。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年7月20日放送 7:45 - 8:00 NHK総合NHKニュース おはよう日本(関東甲信越のニュース)
山梨県南アルプス市に住む さんは、50年ちかくにわたって病気や障害で不自由になった人の動きをサポートする「義肢」「装具」を作り続け、平成11年11月には義肢づくりの全国大会で優勝した。使いやすさとともに見た目にも気を配るなど、使う人の立場に立って作られた道具は多くの人の指示を集めている。鈴木さんは「ハンディキャップのある人は、 社会に出て大変なことがあると思う。そういう人のお手伝いをできれば」という思いのもと、部品の細かな調整にまでこだわった工具をこれまで2000個以上世に送り出してきた。
柳辺裕之さんは5年前に脳出血を起こし、半身不随となった。自分の意志とは関係なしに筋肉が強く動き出しつま先が下を向くため、歩行にも強い痛みを伴うという。鈴木清司さんは柳辺さんの足の癖を矯正するため入念な型取りを行った。この足型に石膏を流し、ある程度固まったら本当の足と同じような形になるよう削り、溶かしたプラスチックをかぶせて一晩置く。その後顧客の足の状態や歩き方などを計算し、細やかな削りの工程を繰り返す。指先はわずか一ミリ単位で削っていく必要があるという。数日後、出来上がった装具を試着した柳辺さんは、痛みが出なくなったのを確認し「正直、しっくりいかなかったらもう全部作り直して欲しいというつもりだった。でもいま怖くないし、靴も履きやすい。本当にありがとうございました」と鈴木さんに感謝し、満足げに装具を持ち帰った。

2017年7月19日放送 12:50 - 13:45 テレビ朝日ワイド!スクランブルNEWS井戸端ランキング
砂川さんは初代”体操のおにいさん”で有名となり、ドラえもんの声優を務めた大山のぶ代さんと1964年に結婚した。仲睦まじい姿の裏には壮絶なドラマがあった。2001年、妻・のぶ代さんに直腸がんが見つかった。2008年にはのぶ代さんが脳梗塞で緊急入院。そして2012年、のぶ代さんは認知症と診断された。砂川さんが介護生活を綴った著書には、壮絶な闘病の様子が綴られていた。変わりゆく妻の姿に混乱し、1人で抱え込んでいたという砂川さん。そして遂に2105年5月、砂川さんは妻・のぶ代さんの認知症を公表した。公表した砂川さんにはある変化が起きていた。会見で砂川さんは以前よりのぶ代さんに素直に優しく出来るようになったと話した。砂川さんは「(自分のことが)いつ分からなくなる時が来るのかと思うけど、 いとおしさというのはどんどん強くなる」と語った。

2017年7月19日放送 10:25 - 13:55 TBSひるおび!(ニュース)
5年前に認知症と診断された大山のぶ代さんの献身的な介護を続け、自らも胃がん・尿管がんと闘っていた俳優の砂川啓介さんが今月11日に80歳で亡くなった。大山さんは葬儀に参列できなかった。ドラえもんの声を26年間務めた大山さんと砂川さんは1964年に結婚して以来、おしどり夫婦として知られてきた。2008年、大山さんが脳梗塞を発症した。当時、砂川さんは「最後まで連れ合ってという意識は強くなった。」等と話していた。そして、5年前に大山さんが認知症と診断された。在宅介護にこだわってきた砂川さんだったが、がんが見つかったことで去年4月、大山さんを老人ホームに入所させる決断をした。晩年は離れ離れの生活となった。砂川さんは『大山さんと一緒に2020年開催の東京オリンピックを応援したりする。』という夢があった。

2017年7月19日放送 8:00 - 9:55 テレビ朝日羽鳥慎一モーニングショー(ニュース)
砂川さん大山さんの夫婦の歴史は闘病の歴史でもあった。大山さんは1981年のアフタヌーンショーで「もう16年主婦やって夫に食べさせているので作るのは楽だが名前をつけるのが大変」などと話していた。砂川さんはNHKの体操のお兄さんとしても活躍し、子どもたちから人気だった砂川さん。1964年、舞台の共演がきっかけで結婚。しかし、2人を待ち受けていたのは闘病の日々だった。2001年4月直腸がんの宣告を受けた大山さん。そのときに遺書まで書いたという。手術で腸を20せんち切除し、転移はなく、がんを克服した。その7年後、脳梗塞が大山さんを襲った。慶応病院に入院したことは全く覚えていないという。リハビリをしながら1年間自宅療養したという。リハビリ生活に追い打ちをかけたのは、認知症。声は代わっておらず元気だといっていた。2015年に砂川さんは介護生活について語っており、著書でも綴っていた。認知症を告白した時、大山さん81歳、砂川さん78歳と老老介護に追い込まれていた。そのとき救いの手を差し伸べたのが親友の毒蝮三太夫だったという。認知症の公表後、素直に向き合えるようになったと語っていたが、この頃、既に砂川さんは病魔に侵されていた。2013年胃がんが発覚して手術を受けていた。2016年には尿管がんが発覚し、これをきっかけに大山さんは老人ホームに入所した。2016年の徹子の部屋に出演した際には、「戻れることなら戻って欲しいけど、まずは自分が元気にならないと」などと語っていた。今年3月、2人に会った出版社の担当者は痩せていたと健康時より10キロほどやせた砂川氏の様子を語った。自然と手を繋いだりしていた2人の様子についても話し、砂川さんが幸せなどと語っていたことも明かした。また、砂川さんは認知症の妻について、「絶対に妻よりは先に死ねない」と話していたという。そのことは著書でも記されているという。砂川さんはもう一度大山さんと自宅で過ごすことを願っていた。

2017年7月19日放送 8:00 - 9:50 フジテレビ情報プレゼンター とくダネ!(トップニュース)
先週火曜日砂川啓介さんが尿管がんのため死去した。夫に先だたれた大山のぶ代は5年前に認知症と診断され、現在は高齢者施設で生活している。インタビューで砂川啓介さ んは「妻よりも先に逝けない」と話していた。砂川啓介さんは1961年NHK初代「体操のおにいさん」で人気になり、その後テレビ番組の司会や俳優として活躍した。大山のぶ代と知り合ったのは舞台で1964年に結婚した。芸能界きってのおしどり夫婦と呼ばれるようになった。2001年大山に直腸がんを患い、闘病生活の傍らには常に砂川啓介さんの姿があった。
大山のぶ代は2008年に脳梗塞を患って以来、記憶が消えるなどの症状が出た。その後認知症を公表した。2015年2700日間に及ぶ介護生活をつづった「娘になった妻、のぶ代へ」を出版した。大山のぶ代が認知症の診断を受けたのは2012年。砂川啓介さんはドラえもんのイメージを壊すことを心配し認知症を隠していた。大山のぶ代は認知症でドラえもんすら分からなくなってしまった。砂川啓介さんが記した介護日記には「僕は絶対にペコより先に逝きたくない」と書いた。
砂川啓介さんは2013年に初期の胃がんと診断され、病との闘いと妻の介護が砂川啓介さんに重くのしかかった。去年4月尿管がんと診断されたため、大山のぶ代を高齢者施設に入所させる決意をした。砂川啓介さんの親友の毒蝮三太夫は「今逆に楽になったねと言いたい」と話した。砂川啓介さんは先月13日自宅で意識を失い緊急入院した。大山のぶ代は遺体と対面すると「お父さん」と一言呼びかけ涙ぐんでいた。

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