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「舟唄」 に関するテレビ情報

2017年1月6日放送 19:00 - 22:52 フジテレビ
爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル 爆笑そっくりものまね紅白歌合戦スペシャル

いっこく堂が八代亜紀のまねで「舟唄」を披露した。
栗田貫一が森進一のまねで「おふくろさん」を披露した。
栗田貫一と森進一のものまねについてトークした。

URL: http://yashiro.mirion.co.jp/

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年6月21日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日グッド!モーニングストライクニュースまとめ
日曜日に行われた加山雄三さんの80周年記念ライブの舞台裏に密着した。加山雄三さんは実演前とてもリラックスした様子であった。ライブでは加山さんを慕うアーティスト達がゲストで参加した。加山さんについて八代亜紀さんは80歳に本当に見えない。さだまさしさんはあの元気さとあの音楽性と人柄がどんどん大きな山になっていきますねなどとコメントした。ライブ終了後の加山さんに話を聞いた。

2017年6月17日放送 12:15 - 12:40 NHK総合バラエティー生活笑百科(バラエティー生活笑百科)
アイデア料を払ってもらえるかどうかについて、桂吉弥は「払ってもらえない」、山田花子は「払ってもらえる」と予想。吉弥は「考えた原案はあると思うが、漫才を披露した時点で権利が発生すると思う。歌でも譜面やCDにして初めて賞がもらえると思う。鼻歌では賞はもらえない」としたが、南光は八代亜紀は鼻歌で賞をもらったとし、それは「舟唄」とつっこまれた。コロッケは八代亜紀のモノマネを披露したが、吉弥から岩崎宏美とつっこまれ、時々最近間違えるんだよねと話した。南光は吉弥の発言はコロッケと違って笑いにならないと指摘し、「安物の草野球」とかけて「みっともない」と解いた。花子は「前のコンビは解散していても原案としてアイデア料が発生する」と主張。ドラマでは最も原案や原作が大事にされているとして、自身も温めている物語があるとしたが、話した内容は朝ドラそのものだった。コロッケは「払ってもらえる」と予想。モノマネで本人に許可を取ることはあるか問われたコロッケは、「やっていいですかと聞いて“ダメ”と言われたら一生できない」として許可は取らないとし、番組で共演したことが暗黙の了解で許可となるとした。最初に番組共演にて許可をもらったのは美川憲一だったそうで、裏で「どんどんやって」と言われモノマネで返したら「ここでやらなくていいのよ」と言われたと話した。その後、衣装をもらったり食事をご馳走になったりして可愛がってもらい、今は美川のモノマネは真面目にやろうと心掛けているとしたが、南光からは「めっちゃふざけてる」と言われた。

2017年6月10日放送 0:55 - 3:00 NHK総合第1回明石家紅白!第1回明石家紅白!
八代亜紀さんを紹介。当時23歳だった紅白初出場の映像を振り返った。さんまが突然残尿が治ったという話をし始める。すると、槇原も悩んでいるという。さんまは「治ります!何が原因かは分からないですけど」と述べた。自分の出ている番組はすべてチェックしている八代。通販好きの八代が最近買ったという焼肉プレートやホットプレート4つほどがスタジオに運ばれてくる。しかし、これらは使っていないという。理由は家にはもっとちゃんとした大きいものがあるから、とのこと。失恋ソングが多い八代であるが、自身は悲しい恋を経験したことはない、代弁者として歌っている、などと話した。

2017年6月5日放送 11:55 - 13:45 フジテレビバイキングアーティストが明かす 私の人生を変えたあの名曲
今回のゲストは八代亜紀さん。代表曲「舟唄」は1979年に28枚目のシングルとしてリリース。男心をハスキーな歌声で唄いあげ大ヒット。演歌の女王とも称される八代亜紀さん。そんな彼女の人生を変えた名曲はアニマルズの「朝日のあたる家」。アニマルズはビートルズと同時期に活躍した世界的人気バンドのヒットナンバー。八代亜紀さんが中学を卒業し、選んだ道はバスガイド。子供の頃からの夢、歌手になるための第一歩だったが、バスガイドとして落ち込んでいたときにこの「朝日のあたる家」を聞き、歌手になりたいという思いを抑えきれなくなった。数日後には両親にも内緒でバスガイドを辞め、地元のキャバレーで歌手として働きだした。しかし3日間で父親にばれ、15歳で家を勘当されひとり上京することになった。その後銀座のクラブで歌手として生計をたてる日々だった。18歳のときに勝彩也さんの「恋あざみ」に出会った。「恋あざみ」は夜の女性たちの切ない恋を唄いあげた勝彩也さんのヒットナンバー。多くの人の心を代弁する歌い手でありたいと21歳でメジャーデビュー、ヒット作に恵まれる厳しい新人時代を過ごすもレコードをリリースしたことにより勘当されていた父親との関係にも変化があった。4枚目のシングル「なみだ恋」、この曲は100万枚を超える大ヒット、ここから八代亜紀さんは売れっ子歌手の仲間入りを果たした。「雨の慕情」では日本レコード大賞を受賞するなど名実ともに演歌の女王となった。今年で歌手生活45年、最近ではMay.Jさんとのコラボも話題となっている。

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