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「静岡市(静岡)」 に関するテレビ情報

2017年4月21日放送 15:50 - 19:00 TBS
Nスタ トクする!3コマニュース

パラオ共和国が東京五輪の事前合宿地として宮城・蔵王町と正式に調印する運びとなった。こうした合宿誘致の動きは日本各地で行われていて、メキシコは先月に広島県の13の自治体を視察している。またイタリア柔道チームは今年1月、事前合宿地として静岡・藤枝市と覚書を締結。さらにフランスの水泳チームは今年1月に金沢市のプールを訪問している。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年8月20日放送 13:00 - 13:54 TBS噂の!東京マガジン清水国明が見に行く噂の現場
条例の廃止を望むお茶業界の人たちもいる。静岡市の竹沢製茶では日本茶をもとにした様々な新商品を開発してきた。フレーバーティは日本茶に果肉やハーブをお茶にブレンドしたもの。フルーティーな香りと味が女性に人気。製茶条例のある静岡県でフレーバーティを作るには知事の許可が必要。お茶に混ぜる柚子や桃を「異物」として申請するというこの手続きが商品開発の妨げになっている。竹澤重人社長は「お茶は正しくそれ以外のものは全部異物。それは今の時代にそぐわない。条例制定の声が定まったのは昭和20~30年代にかけてのこと」など話す。製茶条例には清水次郎長が関わっており、お茶を輸出できるように清水港を整備。静岡茶は世界でも評判になった。しかし、昭和になるとつや出し・かさ増しなどのために異物を混入する悪徳業者が登場。そして昭和31年には製茶条例が制定。それから60年余り、静岡県庁経済産業部の白井満理事によると静岡県でこのような悪徳業者はほとんどおらず、食品衛生法・食品表示法など食い関する法律が整備され、そちらで守るとはっきりしてきた。静岡茶の発展のための条例がいまは発展の妨げになっているのではないかということには、最近若者がフレーバーティなど新商品を好むということで、この条例がなくなることでお茶の業界の活性化につながると我々は考えた、などと述べた。
実は静岡県含め日本のお茶産地の未来は決して明るくない。冒頭で日本茶ブームを紹介した「つきまさ 下北沢店」では「家だと全然お茶は淹れない」「急須は一人暮らしだとないです」など話す客の声が聞かれた。自宅でお茶を淹れる人が減り、静岡県茶の出荷額はピーク時の半分以下に。かつて国内の半分以上を占めていたシェアも大きく減っている。こんな苦境だからこそ条例を廃止し、新商品の開発を促すべきとの声も。昆布だしをよく使う食文化圏ではアミノ酸を多く含んだ甘いお茶が好まれる。静岡県にはそのニーズに答えるお茶が無いのだという。竹沢製茶・竹澤重人社長は「静岡がお茶王国というのであるならばすべての物の品揃えをして、各地域で好まれるお茶を提供してあげることが大切だと思う」など述べ、天然100%の静岡茶を守るためにも条例を廃止すべきだと言う。

2017年8月17日放送 8:00 - 9:50 フジテレビ情報プレゼンター とくダネ!(ニュース)
15日間に渡り行方不明だった渋川動物公園のアルダブラゾウガメのアブーが発見された。脱走直後、園の防犯カメラにはアブーの姿が残されていた。動物園スタッフが連日捜索するも見つからず、懸賞金50万円をかけたところ多くの人たちが捜索に参加した。発見者の東内誠一さん(39)は中学生の息子と捜索を始め15分で発見したという。発見場所は動物園から100mほどの林の中だった。「iZOO」でアルダブラゾウガメが10m歩くのにかかる時間を検証すると58秒と意外と早かった。また発見現場付近のコンクリートの側溝なども甲長より短ければまたいで行けるという。アブー発見を受け宮本純男園長は東内さんに懸賞金を手渡した。好物のナシを平らげたアブーはどこでどう過ごしていたのだろうか。

2017年8月17日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日グッド!モーニングお天気検定
日光さる軍団から中継し、六本木・静岡市の映像を背景に全国の天気予報とPM2.5の情報を伝えた。

2017年8月14日放送 19:00 - 21:00 日本テレビ消費者観察バラエティー 気になるお客サマ消費者観察バラエティー 気になるお客サマ
松角翔吾・美行さんご夫婦が家の中に造ったものはバスケットコートだった。松角翔吾さんは大学のバスケの監督をしていてバスケ好き。美行だんもバスケが大好きだった。建築費は3900万円。体育館のイメージで2階からもコートが見れるようになっている。コートを造ったため、子供部屋や寝室はとても狭かった。吉村崇が調子に乗ってダンクに挑戦したらゴールが壊れてしまった

2017年8月12日放送 21:00 - 21:50 NHK総合NHKスペシャル本土空襲 全記録
米軍は空襲の範囲を広げ、都市から地方へと空襲を拡大させていった。1945年7月の本土空襲マップを見ると、鉄道が狙われるケースがこの月になって急増していることがわかる。マップに落とし込むと、攻撃された鉄道関連施設は160か所にのぼっていた。奈良県・王寺駅襲撃の際に13歳だった鈴木知英子さんは、当時の経験を語る。背中を撃たれた鈴木さんは40年間ものあいだ、銃弾が体の中に入っていたという。その銃弾の痕は今も残る。発見されたその日の攻撃の報告書には列車を破壊したことが記録されているが、当初の攻撃目標は「大阪の飛行場」であった。実は、この頃の日本の飛行場には戦闘機は少なくなっていた。パイロットは自らの判断で目標を変更し、鈴木さんたち学生が乗る列車を攻撃していたのだ。これは「臨機目標」と呼ばれ、攻撃対象を拡大させていった。鉄道への攻撃は全国に広がり、輸送網が断ち切られていった。犠牲者は2311人にのぼった。

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