[お知らせ] 検索機能をつけました。どうぞご利用ください。
TVでた蔵トップ >> キーワード

「頭痛」 に関するテレビ情報

2017年3月21日放送 4:18 - 4:23 テレビ東京
朝ダネ! (朝ダネ!)

今日のタネは「菜種梅雨」。3月下旬から4月上旬、菜の花の咲く頃に降る梅雨時のような雨のこと。花咲く次節の雨なので「催花雨」とも呼ばれている。田口尚平アナが雨の日の家での過ごし方について「雨の日は謎の頭痛がするので、基本的には寝てます」とコメント。紺野あさ美アナも、雨の日に昼寝をしたいという願望が湧き上がってくるという。一切アクティブな話が出てこないことに二人は苦笑。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年8月17日放送 8:15 - 8:55 NHK総合あさイチ(40代 目のメンテ)
今回のテーマは「40代からの目の衰え」。ある女性は視神経乳頭陥凹拡大と診断されたが、これは緑内障予備軍とされる症状で、日本眼科学会によると40代になったら緑内障には要注意だという。しかしよほど進まないと自覚症状がでないため、検診が重要となる。番組で街角視力検査を受けると、何年も受けていないという人が多かった。また疲れ目、肩こりなどをもたらすとある問題の存在。またおしゃれなメガネ選びなども紹介する。

2017年8月15日放送 4:55 - 8:00 テレビ朝日グッド!モーニング明快!まとめるパネル
竜巻発生には、空が急に暗くなる、冷たい風が吹く、ひょうが降るなどの前兆がある。さらに気圧の急激な変化により人によっては耳鳴りや頭痛がすることもある。

2017年8月14日放送 15:49 - 19:00 TBSNスタトクする!3コマニュース
おととい羽田空港に全日空機が緊急着陸したことについてのトーク。今回のトラブルは32年前の御巣鷹山事故と同じ日に起きた。全日空37便は羽田発 大阪・伊丹空港に向かうもので、乗客・乗員273人が搭乗していた。おととい午後6時24分に羽田空港を離陸し、午後6時30分ごろに高度約5000m付近で与圧系統にトラブルが発生し、午後6時51分に羽田空港へ引き返し緊急着陸した。乗客は「緊急着陸の直前には焦げたような臭いもした」と話していて、負傷者は乗客1人で過呼吸の疑いで救急搬送された。トラブルの原因は、車輪の格納スペースにある空気ダクトのつなぎ目部分が外れ、ダクトにひびが入っていたことで機内の空気が漏れて気圧が低下したとみられる。なぜダクトにトラブルがあったのかについて、離陸時の震動でつなぎ目に隙間ができた可能性と、滑走路に落ちていた異物がはねあがりダクトが破損した可能性があるという。また国際線だったら大惨事の可能性もあったといい、ポイントは酸素マスクだという。
おととい全日空機が緊急着陸し酸素マスクが出たことについてのトーク。通常 機内は地上と同様の気圧に調整されているが、気圧が富士山7~8合目ほどになると酸素マスクが自動的に落ちてくるという。人間は高度5000mほどでめまいや頭痛を伴い、1万mになると意識を失うといい、飛行機は通常1万m上空を飛行しているが気圧が調整されているため問題ないという。今回酸素マスクは機長の判断で降ろされ、安全を期して早めに出したと見られるが、手動で酸素マスクを出す判断は非常に難しいという。酸素マスクは約15分しかもたずその間に酸素マスクがなくても大丈夫な3000mまで高度を下げるが、空気抵抗は大きくなり燃料の消費も多くなり目的地までたどりつけない可能性があるという。専門家は「今回は国内線で緊急着陸する空港が多く離陸後間もなくだったため惨事にはならなかったが、国際線などでは大惨事となっていた可能性がある」と指摘している。32年前の日航機墜落と同日だったが、大惨事に至らなかったのはその間に航空業界の進歩があったからだと井上さんがコメント。またフライト前には毎回整備士やパイロットが目視で点検しているが、使っている内に目視で確認できないひずみができることもあり、今回はたまたま運が悪く隙間ができたと見られている。

2017年8月9日放送 13:55 - 15:49 TBSゴゴスマ〜GOGO!Smile!〜(気象情報)
移動距離7000キロとなった台風5号。18日と18時間の長寿台風で第3位の記録となった。今日の関東は高温となった。熱中症のサインはめまい、立ちくらみなどのときはもう熱中症になっている。吐きけや頭痛がある場合は病院へ、会話がおかしいときは涼しい場所へいき救急車を呼ぶこと。東京スカイツリーのカメラでは杉並あたりがゲリラ豪雨となっている。暑いのは今日明日だけだという。オホーツクの高気圧で涼しい風がやってくるという。

2017年8月6日放送 13:55 - 15:20 テレビ朝日ザ・スクープスペシャル(ザ・スクープスペシャル)
1954年水爆実験ブラボーが行われ、近くで操業していた日本の乗組員23人が被爆した。1954年の1月、静岡県の焼津港を出港した第五福竜丸は延縄漁を行っていた。3月1日投縄開始、東経166度51分、北緯11度53分と漁労日誌に記録が残っている。核実験場であることは知っていたが、米軍が発表していた危険区域の外だったので問題ないと考えていた。現地時間の午前6時45分、第五福竜丸は不思議な光に包まれた。そのとき乗組員の1人が「太陽が西から昇ったぞ」と叫んだという。光が薄れるにつれ、やがて巨大なキノコ雲が出現した。キノコ雲は34000m上がって真っ赤に焼けていたという。その後天候が急変、雨と共に白い粉が降り始めた。所謂「死の灰」である。当直日誌には「2時間後には爆発灰 多数の落下を見る」と記されている。乗組員たちは身の危険を感じてただちにあげ縄を開始、この海域からの脱出を計ったが、その日の夕方に頭痛とか吐き気がしたと話した。頭の毛が抜けたり顔が黒く焼けたり、皮がむけるという症状もあったという。2日後に読売新聞で船員たちの被ばくが報じられた。調査結果では、船から自然界の約5000倍の濃度の放射性物質が検出された。この放射性物質からは27種類の核分裂生成物が検出された。乗組員は23人全員が急性放射能症と診断され病院に収容された。放射能が最も残留していたのは頭髪で、肌も黒く焼けただれたようになった。さらに水揚げされたマグロからも高濃度の放射性物質が検出された。1954年10月の国家安全保障会議報告書ではアメリカ側の狼狽ぶりが示されており、日本への情報工作の強化が必要との記載もある。アメリカ側は、放射能ではなく飛び散ったサンゴの化学作用によるものとせよ、という指令も出している。第五福竜丸の元無線長は1ヶ月後死去。人類初の水爆犠牲者となった。全臓器から放射性物質が検出されたという。死因について日本側は急性放射能症と発表したが、アメリカ側は輸血治療による肝炎であると主張。水爆実験との因果関係を認めようとしなかった。

refills リフィルズ

© 2009-2017 WireAction, Inc. All Rights Reserved.Powered by FUJISOFT Inc.