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「高度経済成長」 に関するテレビ情報

2017年1月12日放送 1:35 - 2:05 テレビ東京
車あるんですけど…? (車あるんですけど…?)

松井さんらが車を借りて外国人留学生に日本を案内。次に訪れたのは工場夜景スポット「京浜工業地帯」。日本の高度経済成長を支えた日本最大級の工業地帯だ。人気の夜景スポットになっており、多くの人が訪れる。留学生のロジッタさんは「工場がこんなに魅力的に見えるなんて驚き。ロマンチックだと思う」と感動。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年3月24日放送 20:57 - 22:54 TBS中居正広のキンスマスペシャル気になるセレブ アンミカ 極貧生活から大逆転の人生!
1975年、後に日本の芸能界で活躍することになる少女が韓国から日本へやって来た。当時4歳だった少女は一家7人で移住。その少女とはスーパーセレブ・アンミカだった。アンミカは韓国・済州島生まれだが、両親が仕事に恵まれなかったため一家で大阪・生野区のコリアンタウンへ。当時の日本は第二次高度成長期を超えますます豊かに。しかし当時の生野区はアンミカ一家のように仕事を求めてきた約4万人もの人々が暮らしていた。一家はタダ同然で人の家の2階を間借り。両親は日本で必死に働いたが拙い日本語のため上手くいかず超極貧生活を送ることに。アンミカはその思い出のコリアンタウンを再び訪問。当時について、貧しい中でも工夫をしながら生活していたが楽しかった、と話していた。しかしこの家は隙間風がひどく薄い布団では寝つけなかった一家。そんな時は外に出て焚き火をし、昼間拾ってきた新聞紙を防寒着代わりにして朝まで過ごすこともあったという。そんな貧しい生活でも明るく暮らせていたのは、若くして天国へ行った母の教え。超極貧生活から、アメリカの華麗なる一族に見初められるという大逆転を果たすアンミカ。夫のセオドール・ミラーから「いつまでも一緒にいられると思う」と愛されるだけでなく、街の人からも「努力家」「コメントに優しさがある」などと称賛されるアンミカの亡き母には、人生のヒントがいくつもあった。

2017年3月18日放送 11:30 - 11:54 NHK総合目撃!日本列島開拓村〜長野 もうひとつの戦後史〜
高度成長期を迎えた日本。しかし、開拓村の人達は再び翻弄された。国は補助金を出し、村に農業をやめるよう促した。これを機に廃村が相次いだ。一方、苦しい生活が続く田上牧の入地区ではスキー場建設の話が持ち上がった。住民は農業に適さないこの土地を進んで手放した。その後、総合保養地域整備法は成立し、開発ブームは最高潮を迎えた。しかし、バブル崩壊後、企業はリゾート開発から撤退し、スキー場も8年前に営業を停止し、街の賑わいもなくなった。

2017年3月16日放送 20:15 - 20:43 NHK総合所さん!大変ですよ身のまわりで起こる危機スペシャル
なぜ街路樹がキノコに襲われているのか。多くの街路樹は高度経済成長期に植えられたもので、アスファルトなどで根が傷つくなどして衰えた街路樹にキノコが侵入。その結果、街路樹が突然倒れる事件が発生している。牛窪恵によると、対策を施す自治体もあるという。名古屋市は、植えて40年近く経った街路樹の植え替え工事をしている。

2017年3月9日放送 19:30 - 20:15 NHK総合ファミリーヒストリーファミリーヒストリー
二ツ島町は洪水を恐れ多くの住民が出ていったが、松田丈志の祖父のうし三郎さんは洪水で家が流されないよう石垣を築きその上に家を建てた。この石垣は当時は二ツ島町で一番の高さだったという。石垣完成後、再び町を洪水が襲いうし三郎さんは自宅に近助の人を避難させ、この洪水をきっかけに町の家は次々に嵩上げされた。その後、何度も二ツ島は洪水に襲われるも流される家などなかった。高度経済成長を迎え、うし三郎さんは子どもたちに農業を告げとは言わなかった。
時は高度経済成長期。天候に左右され収入の不安定な農業よりも、サラリーマンになった方がいいと考えた公生の兄たちは、二ツ島を後にした。長男の哲範は延岡市内へ、次男の正晴は名古屋で就職した。昭和44年、三男の公生も二ツ島を離れ、埼玉で運送業に就いた。

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