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「高度成長期」 に関するテレビ情報

2017年5月20日放送 6:00 - 8:00 テレビ朝日
週刊ニュースリーダー ニッポンの仕事人 週刊リーダー列伝

月商30億の生活を手に入れた丹さんだが、過去に苦労した経験からこんな仕事は長く続かないと思い、地道な商売を考えるように。立ち食いそば店へ走って駆け込みパッと食べる様子を電車の中から見た丹さんは、高度成長期の忙しいビジネスマンに立ち食いそばがうけると直感し、1966年、新宿に富士そばの前身「そば清」を開業。1972年に店名を「富士そば」に変更し、24時間営業をスタートさせた。当時は24時間経営の店は1軒もなかったそうで周囲に反対されたというが、深夜営業のタクシードライバーが火付け役となり、仕事帰りや飲んだ後のサラリーマンも来店、狙いは見事に的中した。日本最大級のそばチェーンに成長した現在も従業員を大切にするホワイト企業と評判。丹さんは母から「利益を独り占めしちゃダメだよ 必ず他の人たちに分配しないと それ以上の利益は上がってこないよ」と言われた言葉を今でも大切にしている。

他にもこんな番組で紹介されています…

2017年9月18日放送 6:30 - 6:53 NHK総合インタビュー ここから(インタビュー ここから)
秋元康は1958年東京都目黒区生まれ。この歳は東京タワーが完成し、日本が高度経済成長期に入る時代だった。秋元は60歳を前にして「60ってどうなんだろうとわくわくする感じがする。老いに逆らうというよりも自分もそうやって老いていくことが面白く感じている」など述べた。

2017年9月15日放送 2:40 - 3:25 NHK総合茨城スペシャル(あの頃のひよっこたち 私たちが見つけた“昭和”)
小菅通男さんは昭和39年に東京オリンピックに向け、タクシー運転手になった。道路や地下鉄工事など工事ばかりだったと話した。小菅さんは15歳で上京、自動車に注目。和菓子屋で働きながら、自動車学校に通った。東京オリンピックの好景気を迎え、21歳で運転手に転職した。都営バスの運転手として定年まで働いた。
高度成長期には女性の社会進出が目立った。佐藤和子さんは16歳で家電製造会社に就職、男性優位で十分評価されない日々に悩んだ。佐藤さんはそろばんが得意だったので、仕事をしながら簿記の夜間学校へ通った。会社の寮の門限があり、急いで帰っていたと話した。佐藤さんは経理の社員を募集している会社へ転職した。佐藤さんは自分でやりたい場所だったので楽しかったと話した。
フリーライターの大宮知信さんは中学を卒業して上京。転職を繰り返し、学歴のハンデを痛感した。大宮さんはだまされて給料をもらえなかったことは3回か4回あると話した。兄の英雄さんが地元で新聞社を立ち上げて誘われた。
昭和40年代後半、多くの雑誌が創刊。大宮さんはフリーライターに転身。28歳で人生を左右する依頼があった。3か月間の路上生活者の取材で、現状を世間に伝えた。大宮さんは無名でも一生懸命生きている人がいることを伝えたいと話した。

2017年9月10日放送 17:50 - 21:24 フジテレビFNS27時間テレビ池上彰が見た!たけしと戦後ニッポン
20年前、女子高生だった高島はルーズソックスを履き、ずっと女子高生でいたいと当時は思っていたなどと話した。池上は大阪教育大学附属池田小事件について、週刊こどもニュースをやっていたのでどう解説していいか困った。この事件をきっかけに、小学校は地域に開かれた場所だったのが地域から孤立してまうなどと話した。
2013年に東京五輪・パラリンピック2020が決まった。池上はその国で初めてのオリンピックというと、その国の成長とオリンピックをきっかけに更に進んでいくという役割を果たしていた。高度経済成長を終えた先進国の日本はどうあるべきなのか。ロンドンオリンピックなら環境に配慮したことが評価された。21世紀だからこそできるオリンピックを、などと話した。

2017年9月9日放送 0:20 - 0:50 TBS有吉ジャポン(SM革命その果てに)
埼玉・草加市の虹子の自宅を訪ねた。1Kの家賃3万6000円の物件に住んでいる。生まれた昭和40年は前年に東京オリンピックが開催し、高度経済成長期の真っ只中だった。幼い頃から性に違和感があったが、男っぽく振る舞うため工業高校に進学し、建築関係の会社に就職した。30歳を期に夜の世界へ、Fカップの胸を入れ玉を取り様々な店を転々とした。虹子は3年前までSMクラブの女王様で、自宅にはSMグッズがある。

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