アメリカ横断ウルトラクイズ アメリカ横断ウルトラクイズ パワーアップして復活スペシャル!
「アメリカ横断ウルトラクイズ」について紹介。この番組は1977年に放送が開始され、最も制作費がかかったクイズ番組としてギネス世界記録にも認定された。1983年に放送された第7回大会では、国内1次予選が後楽園球場で行われ、1万人を超える挑戦者が殺到した。予選を通過したのはたった100名。国内2次予選は成田エアポートレストハウスで行われ、じゃんけん3番勝負で半分に絞られた。50名はそのままグアム行きの飛行機で出発。機内では400問のペーパークイズに挑戦。ペーパークイズの成績が悪かった下位10名はグアムの土地を踏むことすら許されず、そのまま日本に強制送還。グアムで約半数に絞られ、ハワイへ移動。ハワイでも半数に絞られた。勝ち上がった12名はバンクーバーへ。その後、ロサンゼルスやナイアガラの滝を経由してボストンで準決勝。勝ち残った2名はニューヨークのパンナムビルで決勝。約半月の死闘を繰り広げた末、1万人を超える挑戦者のチャンピオンが決定した。
「アメリカ横断ウルトラクイズ」名物企画ベスト4を紹介。4位「ニューヨークの街中でマラソンクイズ」、3位「イグアスの滝で雄叫び」、2位は「灼熱の太陽の下でバラマキクイズ」、1位は「世界初!?海底で早押しクイズ」。
