開運!なんでも鑑定団 (開運!なんでも鑑定団)
依頼人の村上さんはブルース・リーのファン。ファンミーティングや聖地巡礼、グッズ収集を行っているとのこと。今回はブルース・リーにまつわるお宝が登場。お宝は 小切手、直筆レター、トレーニングプログラム。それぞれ、30万円、60万円、60万円で購入したとのこと。
ブルース・リーは32歳で散った伝説の武術家。1940年、広東歌劇俳優の次男としてサンフランシスコで生まれた。その後、香港に帰還すると子役として様々な映画に出演。その傍ら、詠春拳の達人・イップ・マンに弟子入りし、日々けんかに明け暮れた。行く末を案じた父から18歳の時に単身渡米を命じられた。シアトルのレストランで働き、金を貯めるとワシントン大学哲学科に入学。そこでボクシングから空手、フェンシングに至るまであらゆる武術書を読み漁り、さらに仏教や老荘思想など東洋術学を突き詰め、その精神を武術に取り入れんとした。20代半ばには国際空手選手権で演武を披露してテレビプロデューサーの目にとまり、ドラマの準主役に抜擢されカンフーアクションで注目を集めた。さらにこの頃、ジークンドーを創始。著名俳優も弟子にした。しかし、順風満帆とはいかず、自ら企画したドラマ「燃えよ!カンフー」は主演却下となり、トレーニング中に腰の神経を負傷。医師からは二度と武術はできないと言われたが、決してくじける事なかった。その後、奇跡的な回復を遂げ、1971年に香港に戻った。映画会社「ゴールデン・ハーベスト」と契約し、「ドラゴン危機一発」などを制作。ハリウッドから主演映画の依頼も。「燃えよドラゴン」は1973年全米で公開された。そのオーラに人々は熱狂、世界的アクションスターにのぼり詰めた。しかし、本人はその事実を知る事なく、公開の1か月前脳浮腫により他界。