- 出演者
- タモリ 佐藤茉那
旅のお題「なぜ十勝は日本一の“農業王国”になったのか?」後編。第1次世界大戦の影響でヨーロッパの豆の生産が減り、十勝で作られた豆は海外に輸出されていた。豆の値段は5倍から8倍近く値上がりしたものも。この豆バブルによって莫大な富と築く人が出てきた。
オープニング映像。
- キーワード
- 十勝(北海道)
旅のお題「なぜ十勝は日本一の“農業王国”になったのか?」後編。十勝へ来た初期の移住者たちは十勝川のすぐ近くに畑を作っていった。比較的水はけの良い土で作物が育つには最適だった。移住者が増加すると段丘の上にも畑が。段丘の上は黒ボク土という作物が育ちにくい土。川筋を除いて、十勝の広範囲がこの黒ボク土に覆われていた。そんな中、黒ボク土でも比較的育つ作物があった。それが豆。それ故、十勝は豆に頼り切ることになる。しかし、豆は冷害は共作に見舞われると収穫量が大きく上下するというリスクがあった。
旅のお題「なぜ十勝は日本一の“農業王国”になったのか?」後編。十勝は豆だけに頼る農業だったが、後に寒さに強いてん菜も栽培されるように。てん菜は根の部分にたっぷり砂糖を蓄える作物。農家が育てたてん菜を工場が買い取る仕組みができ、安定した収入を得られるようになった。さらに、てん菜から砂糖を搾り取った残りの繊維質・ビートパルプは牛の餌になり、その牛から出た糞尿に麦わらなどを交ぜた堆肥が黒ボク土の改良にも繋がった。そして、段丘の上でもさまざまな作物が取れるようになっていった。
旅のお題「なぜ十勝は日本一の“農業王国”になったのか?」後編。てん菜を育てる一方で、十勝の人々は豆が豊かにしてくれると信じ続けていた。その結果、昭和初期(戦前)には十勝の畑の65%で豆を栽培。しかし、同じ畑で同じ作物ばかり作り続けたため土地が痩せてしまった。この連作障害によって豆も育たなくなってしまった。現在、十勝では同じ畑で同じ作物を続けて作らないようにしている。
エンディング映像。
次回予告が流れた。
