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- 第102回東京箱根間往復大学駅伝競走
駒澤大学の絶対エースの佐藤圭汰選手は高校時代トラック種目で無双し、世代のトップランナーとして駒澤大学に入学した。2年生のときには杭州アジア大会で5000m6位に入賞し、2024年の第100回箱根駅伝では3区を担当し、トップでタスキを受け取った。しかし青山学院に逆転を許し、総合2位に終わった。その後単身アメリカに渡って強豪チームの合宿に参加し、1月に5000mの室内日本記録を樹立した。ただ3年生になった4月に恥骨疲労骨折を患い、パリ五輪出場は叶わなかった。その後も再び恥骨疲労骨折を患い、一時は陸上を辞めようとも思ったという。そんな時に支えになったのが同期の存在で、仲間の支えのもとリハビリを続けた。第101回箱根駅伝では復帰を果たし、区間新記録を樹立してチームの順位を2位に押し上げる活躍を見せた。一方同期の伊藤蒼唯選手は入学以来佐藤選手をずっと意識していて、入学後には大学の練習にしがみついて急成長を見せた。第99回箱根駅伝では1年生ながら6区を任され、区間賞を獲得した。今年の全日本大学駅伝では5区を担当し、区間新記録で4位から一気にチーム順位を1位に押し上げる活躍を見せた。
続いて城西大学の斎藤将也選手を紹介。
第102回 箱根駅伝の番組宣伝を行った。
完全密着!箱根駅伝 204台のカメラがとらえた歓喜と涙の舞台裏の番組宣伝を行った。
國學院大學の主将・上原琉翔選手は沖縄県で生まれ育った。当初は野球をやっていたが、長距離の練習をやっている中で足が速くなり、中学2年生の時に全国都道府県対抗駅伝の沖縄代表に選ばれた。そこで陸上の楽しさに気付き、同じ時に代表だった濱崎達規さんの存在もあって高校からは陸上に専念。強豪・北山高校に進学して当時の顧問だった大城昭子さんの指導を受けながら成長。そして2021年の日体大記録会で5000mの沖縄県高校新記録となる13分56秒84をマークした。さらに全国高校駅伝で沖縄県勢の過去最高成績を打ち立てた。上原選手は國學院大學に入ると1年生から箱根駅伝を走り、去年は大学史上初の全日本大学駅伝優勝を果たした。今年主将に就任した上原選手は「自分たちの名を轟かすにはもう箱根しかない。箱根駅伝総合優勝を目標に掲げた」などと話した。また箱根への意気込みとして「沖縄県民として関東で戦ってきた覚悟を見てもらいたい」などと話した。
立教大学4年の馬場賢人選手は前回大会で2区を走り区間7位の好成績を収めた。ただチームとしてはシード権を獲得できなかった。迎えた今年の予選会で馬場選手は仙骨の疲労骨折のため出走できなかった。立教大学は予選会を10位で通過した。馬場選手は「シード権というところはぶらさず挑んでいきたい」などと意気込みを語った。
6月、日本インカレで1500m・5000mの2冠を成し遂げた早稲田大学の駅伝主将・山口智規さん。日本選手がこの2種目を同時に制すのは史上初の快挙。駅伝への思いを抱く山口さんの一番の応援団は父。千葉・銚子市出身。子どもの頃は野球少年。陸上経験者の父の影響で走ることに楽しさを見出していた。中学生になり野球に打ち込む一方で体作りに一環で陸上部にも入った。力を付け県大会優勝。どんな試合にも父は必ず足を運んだ。高校からは陸上に専念することを決意。進路についても父が熱心に調べてくれた。高校1年生にして5000m13分代を記録。トラックで活躍し全国でも知られる存在となった。早稲田大学に入学。トラックで世界の舞台に立つためスピードとスタミナを磨いた。監督の支えもありトラックでは学生トップクラスのランナーに成長。2年生でデビューした箱根駅伝で2区を任されると早稲田大学記録を29年ぶりに更新。早稲田大学のエースへ駆け上がっていった。前回大会、2年連続で2区を任された。4位でタスキを受け区間12位と7つ順位を落とした。総合4位の結果に悔しさが跳ねない。ラストイヤーは駅伝主将の重責を担うことになった。今年の早稲田大学は戦力が充実。15年ぶりの箱根駅伝総合優勝へ機運は高まっている。出雲駅伝で山口さんは2区。10位でタスキを受け2位に浮上した。トップでタスキリレー。大学駅伝で初めて区間賞に輝いた。活躍を本人より喜んだのが父。
東海大学・花岡寿哉。憧れたのはあの強い先輩たち。東海大がいなかった箱根駅伝は考えられなかった。人生初めてのキャプテン。シャイな性格を変えてチームをひとつに。予選会での走りは変わらぬ強さで自分が憧れた東海大学を、再び。
中央大学・溜池一太。箱根駅伝は甘くなかった。だからもっと、もっと強くなりたかった。挫折を乗り越えたからこそルーキーを自分と重ね放っておけなかった。後輩へつないだ思いと共に最後の箱根へ。
大阪マラソンでマラソン日本学生記録2時間6分5秒を記録。青山学院大学・黒田朝日。3年前、入学当初の主戦場は3000m障害。U20世界選手権代表として世界の強豪と渡り合う世代トップ選手だった。しかし当時の青山学院は箱根駅伝3連覇の最中。層の厚い名門で駅伝メンバーに名を連ねることは叶わない。黒田の走りの底しれぬ可能性を監督は確信していた。初の箱根駅伝でいきなりの大役の2区に抜擢。すると激走で区間賞を獲得。前回大会ではこれまでの区間記録を上回る走りを披露。名実ともに学生トップランナーへ登り詰めた。前回大会、大会新記録で連覇を達成した青山学院。黒田は3連覇を目指すチームの主将を任された。矢先、監督から突きつけられた厳しい言葉。掲げたのは「王者の挑戦~俺が青学を勝たせる~」。志を胸に臨んだ出雲駅伝。黒田は区間賞を獲得するも結果は7位。全日本大学駅伝では区間新記録の激走。それでも3位。俺が青学を勝たせる、その誓いに全員がもっと必至に向き合ってほしい。黒田は鬼気迫る走りで仲間たちを鼓舞する。全日本大学駅伝の20日後に行われたMARCH対抗戦。トップを走る黒田を追う他校のエースたち。その集団に多くの仲間が食らいつく。黒田が10000mの学内記録を塗り替えるとチームメイトも自己ベストを大幅に更新。10000m上位平均タイムで前の年を大きく上回り3連覇へ強さを証明した。12月、箱根駅伝のメンバーが告げられた場で黒田は言葉に思いを込める。そして恒例の作戦名が発表。病に倒れ2月に旅立った皆渡星七さん。切磋琢磨した仲間は今もチームの真ん中で輝き続けている。
エンディング映像。
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