奥田は、当時の東国は土地争いで機能していなかったが朝廷は自分たちの権力争いでノータッチだった、朝廷から派遣された国司が中央が東に興味がないのをいいことに税をちょろまかしていた、「こんな世の中間違ってる」と将門が立ち上がった、西では悪人と呼ばれているが東では神様と言われている将門の勇猛さや愛される力に目をつけて鬼門に配置した、将門が妙見菩薩を崇拝していたから北斗七星の発想を得た、おおっぴらに「将門に守ってもらってる」とは言えなかったが地図上には残ったと話した。江戸の街作りを調べると、家康のとんでもないスケールが見えてくる。家康の一声で全国の大名が資材や人手の多くを負担し、神田山を切り崩して江戸を埋め立てた。また家康は国家プロジェクトとして治水工事も行い、東京を通っていた利根川を60年かけて100キロずらした。さらに木樋と呼ばれる水道管を江戸中に張り巡らせた。家康が築き上げた江戸のインフラ設備は世界トップレベルの規模と衛生環境を誇っていた。
URL: http://www.aflo.com/
