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「ガザを知っていますか?」 のテレビ露出情報

パレスチナガザで生まれ育ちイスラエル軍の攻撃により犠牲となった1人のジャーナリスト。その人生が一冊の絵本になった。少年時代からこの男性を支援し続けてきた日本人医師に話をきく。2023年10月に激化したイスラエル軍とハマスによる戦闘。現地の姿をカメラにおさめてきたジャーナリスト「ムハンマド・マンスール」さん。海外メディアが入ることのできない危険なガザ地区で現地の本当の写真を残すことができるのは、そこで暮らすジャーナリストだけだった。しかしマンスールさんは去年3月自宅でドローン攻撃を受け亡くなった。マンスールさんの死から一年。その人生を描いた絵本が一昨日出版された。著者はマンスールさんを少年時代から支えてきたNPO法人地球のステージ代表桑山紀彦医師。神奈川県を拠点に各国の被災地で支援活動をしている。桑山さんは絵本について「このままだと過去の話になってしまう。それを止めるためにはやはり彼の足跡をしっかり形にすることが大切かなと思った」と語った。マンスールさんは幼い頃イスラエルへの怒りにみちていた。そんな彼がジャーナリストを目指すきっかけになったのが桑山さんとの出会い。2009年桑山さんがガザで支援活動を行っていた際、当時13歳だったマンスールさんに出会った。マンスールさんは忘れられないあの日の絵を描いた。空爆の絵に色を塗りたくない。ガザの外に自由に出られないぼくの街にきれいな色なんてないといったという。ガザ地区の外からきた桑山さんとの出会いはマンスールさんに変化をもたらす。翌年桑山さんに見せた絵には桑山さんと日本を旅するという夢が色鉛筆をつかいカラフルに描かれていた。桑山さんとの出会いがガザの外に興味をもつきっかけになった。それでもマンスールさんはイスラエルへの怒りや憎しみを抱えたまま育った。高校生の時考え方を変える出来事があった。桑山さんと言い合いになった。希望の持てない暮らしを押し付けてくるイスラエルへの怒りをぶつけてしまった。桑山さんは「怒りにとらわれないように」と言うので腹がたったがしばらくして気付いた。憎むべきは「戦争」であって「だれか」ではないということ。高校が終わろうとするころ、マンスールさんは新しい夢を桑山さんに伝える。ジャーナリストとしてガザと世界をつなげる夢。メディアを学ぶ大学に合格し桑山さんからカメラをプレゼントされた。ガザでの戦闘が始まり朝日新聞の通信員として働き始めたマンスールさん。死と隣合わせの中、ガザの今を日本に世界に伝え続けた。マンスールさんのもう一つの夢は日本で桑山さんと旅をすることだった。絵本によってマンスールさんは日本にくることができた。

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