アメリカとイランの対立の原点は、テヘランで起きた1979年のアメリカ大使館占拠事件。経済格差などに不満を募らせた民衆が親米の王政を打倒。パーレビ国王はアメリカに逃れた。国王の引き渡しを求め反米感情が高まり、若者たちが米大使館に突入。400日以上にわたって外交官らを拘束した。米軍は救出を試み兵士8人が犠牲になった。事件はアメリカの対イラン感情に影響を与えている。大使館で人質になっていた男性を取材した。テヘランのアメリカ大使館で働いていたケビン・ハーメニングさん。現在66歳。海兵隊から派遣され大使館の警備を担当。事件は47年前のことだ。イランの学生によってテヘランのアメリカ大使館が占拠された。学生たちは国王の引き渡しを求め大使館に立てこもった。アメリカ国旗が燃やされた。ハーメニングさんは当時の様子を鮮明に覚えている。アメリカ大使館では資料の処分に粉砕機が使用されていた。イスラム体制に批判的な人物のリストなどの機密資料が処分された。ハーメニングさんは抵抗したが同僚を殺すと脅された。1981年1月に解放された。拘束期間は444日だった。アメリカへ帰国するとアメリカ国民から大歓迎を受けた。1989年の世論調査ではイランに否定的なアメリカ人は89パーセントにものぼった。事件から10年たったにも関わらず。専門家はイランへのマイナスイメージを抱いているからトランプ大統領は軍事作戦に踏み切ったという。ハーメニングさんはイランへの軍事行動を支持している。共和党の下院議員になることを目指す。アメリカ国内では野党・民主党を中心にイランへの軍事作戦に反対する人も多い。ハーメニングさんはイランの核開発を防がねばと考えている。
