日本人28人を含む185人が犠牲となったニュージーランド南部での地震から今月22日で15年となった。地震では語学学校が入っていたビルが倒壊した事から犠牲者の半数以上が外国人や、外国で生まれた人達だった。当時困難を極めたのが遺体の身元の特定で、家族が外国にいる場合などに特に時間がかかった。地震から3周間近く経っても身元が判明したのは6割ほどで、行方不明者の家族に対してきめ細かな情報提供や質問・要望を聞き取るための警察官を家族連絡官として70人配置した。遺族の中には英語を話せない人なども多いため外国出身の警察官も配置された。被災した外国人観光客に対してはイベント用にたまたま公園に設置されていたテントを避難所として開放した。落ち着いて行動してもらうため行政側が細かい情報提供を行ったという。早めに被災地から移動させることも題字で、避難所に居た観光客は地震の翌日には政府が用意した民間飛行機で首都ウェリントンへ移動。市の職員は「どんな状況でも外国人観光客の対応の必要がなくなれば地元自治体は助かる。」などと話している。
