「ジムノペディ 第1番」の音楽と共に、作曲をしたサティーの生い立ちについて紹介された。サティーはパリへ12歳の時にやって来た。旧パリ音楽院へ入学するが雰囲気になじめず音楽院をとびだしてしまう。サティーは友人に一軒の酒場へ連れて行かれた。店主に職業を聞かれたサティーは「ジムノペディスト」と名乗った。ジムノペディとは古代ギリシャの祭りの名前のことである。サティーは友人に教わったお気に入りの言葉をつい口に出してしまったのだ。サティーは出まかせの職業に実体を与えるために「3つのジムノペディ」を作曲した。
