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「三年寝太郎」 のテレビ露出情報

各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。座長の宇野は現在72歳。舞台で使う大道具や小道具などを積み込んだ10トントラックで移動。村や町に芝居を届けて回る旅は宇野の30年来の夢だった。巡業を始めたばかりの今年3月、肺がんと診断された。周囲の反対を押し切って旅芝居を再開。左の肺の半分を手術で失った。舞台の合間で携帯用酸素吸入器を使う。演目は民話劇「三年寝太郎」。50年の舞台人生で始めて演じる役。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。佐世保を巡業中、高熱に倒れた。地元の病院と舞台を往復すること1週間、周囲の説得を受け入れ帰京・入院。検査の結果は肺がん。胃がんで胃の半分を切り取ってから9年目のこと。手術から2ヶ月で退院、医師の勧めるリハビリを断り旅公演の稽古を再開。演目は「三年寝太郎」「おんにょろ盛衰記」。どちらも庶民の知恵と力を描いた作品。稽古では自ら演技指導。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。一昨年の夏、全国の町や村に自ら手紙を出した。「800人ほど入れるホールがあればぜひ芝居をやらせてください」との呼びかけに500以上の反響。設備がありながら一度も芝居が来たことがないというところも。今年6月17日、大阪から西へ向かう旅が始まった。期間は53日間。一座は総勢29人と少人数。役者も裏方仕事を手伝う。27日目、この日は気温34度。病み上がりの宇野の楽屋は冷房なし。宇野が出演するのは演目の2つ目「三年寝太郎」。怠け者扱いされている村の若者が知恵を巡らせ長者に一泡吹かせる物語。マイクなし。舞台袖に隠れる一瞬の間で酸素吸入。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。27日目まで休み無しで7日連続公演。休みのこの日は帰京して病院へ。旅は続けられそう。病院には家族が付きそった。出迎えに来たのは長男の寺尾聰。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。休みの日は帰京して病院へ。その翌日、一座の待つ高知へ帰ってきた。一座の人々は宇野の病への懸念を一切口にせず、ひたすら演じることだけを目指している。この日の公演は子どもたちが学校をあげて見に来た。楽屋では医師が待機。宇野は少年時代を福井の農村で過ごし、10代で上京。新聞配達をしながら舞台の裏方から芝居の道を歩み始めた。子供たちに芝居をたくさん見てもらいたいと考えている。1日2公演ある日は楽屋で点滴。体力回復のため、今まで食べなかった卵や肉も食べるようにしている。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。かつて映画で共演した石原裕次郎の死を旅先で知った。駅で差し入れをくれたのは去年の公演で知り合った人々。演目の作者で40年来の友である木下順二が楽屋を見舞いに訪れた。宇野は「芝居は多少熱があっても分からない」「芝居でいけないのはやらないこと」と語った。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。公演38日目、やってきたのは四国山地の高知県梼原町。町の青年たちが古い芝居小屋を復活させようと1年がかりで準備を進めてきた。この日は久しぶりの興行。準備は青年たちが総出で手伝う。施設は照明、音響、冷房なし。昼ごはんは町の人の炊き出し。宇野は点滴が長引いたため開演1時間前になって遅れて到着。施設は十数年ぶりの満員御礼。客800人が入らないと赤字だが、それには代えられないくらいの賑わい。終演後に差し入れられたのは、客が山に分け入って取ってきたもの。病に効くとされる。宇野は53日間の舞台を演じきった。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。9月、秋の旅立ち。期間は33日間。宇野にとって手術から半年、この旅の半ばで73歳の誕生日を迎える。移動中の車で流れていたのは越路吹雪の曲。宇野とは7年前に出会い、ともに病気に耐えながら演じきった。舞台の半年後、越路は宇野と同じ胃がんで亡くなった。宇野は胃がんに打ち勝ち、今は肺がんを克服し旅を続ける。今回の旅は東京から沖縄まで、のべ2万km。
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。この日は73歳の誕生日。演目の作者で40年来の友である木下順二からのテープメッセージも。次の度は東北・北海道へ。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年10月9日放送 22:30 - 23:30 NHK総合
時をかけるテレビ舞台・いのちの限り 宇野重吉・旅公演2万キロ
各地で旅芝居を続ける宇野重吉に密着。座長の宇野は現在72歳。舞台で使う大道具や小道具などを積み込んだ10トントラックで移動。村や町に芝居を届けて回る旅は宇野の30年来の夢だった。巡業を始めたばかりの今年3月、肺がんと診断された。周囲の反対を押し切って旅芝居を再開。左の肺の半分を手術で失った。舞台の合間で携帯用酸素吸入器を使う。演目は民話劇「三年寝太郎」。50[…続きを読む]

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