今回、調査に協力してくれるのは19代当主・徳川家広さん。徳川将軍家の菩提寺である増上寺の両脇のエリアに霊廟があった。空襲を免れた霊廟の一部、2代将軍・徳川秀忠の霊廟の惣門が残されている。その先にあった豪華な建物は今はなく広い公園になっている。近くにある常照院には徳川家霊廟の全貌が描かれた絵図がある。秀忠の霊廟・台徳院霊廟は豪華絢爛な本殿や遺体が葬られた奥院があったとされている。絵図は白黒で規模はわかっても世界が驚いた豪華絢爛さは感じられない。そこで、埼玉・所沢市へ。
埼玉・所沢市には「台徳院」と書かれた門が。この勅額門と呼ばれる門はもともと先ほどの惣門と公園の間にあったが、昭和30年代に土地開発を進める西武グループにより保存のために所沢に移された。勅額門には当時を忍ばせる色彩が所々に残っている。さらに、台徳院霊廟の中にあった門の1つ御成門には色鮮やかな天井画が残っている。
増上寺にイギリス王室が所有する明治時代に作られた模型が残っているという。そこで、約1か月の交渉を経て許可をとった。台徳院霊廟の中心だった本殿や拝殿の10分の1模型は細部まで再現されている。さらに、内部の装飾まで精巧に再現。明治時代の職人たちが当時存在した実物を見ながらほぼ完全にコピーしている。模型は1910年にロンドンで開かれた博覧会に日本から出品されたもので、展示を終えるとイギリス王室に贈呈されたが大戦の混乱で所在不明に。1996年に解体された模型の一部が発見され、数千もの部品を組み立て2014年に再び日本へ。
埼玉・所沢市には「台徳院」と書かれた門が。この勅額門と呼ばれる門はもともと先ほどの惣門と公園の間にあったが、昭和30年代に土地開発を進める西武グループにより保存のために所沢に移された。勅額門には当時を忍ばせる色彩が所々に残っている。さらに、台徳院霊廟の中にあった門の1つ御成門には色鮮やかな天井画が残っている。
増上寺にイギリス王室が所有する明治時代に作られた模型が残っているという。そこで、約1か月の交渉を経て許可をとった。台徳院霊廟の中心だった本殿や拝殿の10分の1模型は細部まで再現されている。さらに、内部の装飾まで精巧に再現。明治時代の職人たちが当時存在した実物を見ながらほぼ完全にコピーしている。模型は1910年にロンドンで開かれた博覧会に日本から出品されたもので、展示を終えるとイギリス王室に贈呈されたが大戦の混乱で所在不明に。1996年に解体された模型の一部が発見され、数千もの部品を組み立て2014年に再び日本へ。
住所: 埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1753-1
