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「佐々木禎子さん」 のテレビ露出情報

令和5年広島平和記念式典の中継。今年は原爆投下から78年、G7広島サミットが行われ、改めて世界の目が広島に向いている。今年は5万人が参列。78年前の8月6日、人類が経験したことのない衝撃などが広島を襲い14万人が亡くなったという。今年、被爆者の平均年齢は85歳、5320人が亡くなったとされている。111カ国の大使が参加しているが、ベラルーシ・ロシアに対しては招待状を送っていない。G7広島サミットでは原爆資料館を訪問、芳名録を記帳する際に、各国首脳の傍らには原爆で犠牲になった佐々木禎子さんが折った鶴が置かれていた。佐々木禎子さんの友人だった川野登美子さんは彼女のことを振り返る。佐々木さんは折り鶴を千羽折れば願いが叶うという言い伝えを信じ、千羽を超える鶴を折った。しかし願いは叶わず12歳で逝去した。現在川野さんは佐々木さんのことを子供たちに伝え続けている。バイデン大統領は「核のない世界のために共に歩んでいきましょう」と芳名録に記したという。
広島市の松井市長や岸田首相が慰霊碑に花輪を供えた。今回のサミットに関して、各国の首脳が被爆の実相に触れたことを評価する声もあった。しかし広島ビジョンでは核兵器が存在する限り役割を果たすとしているが、核抑止力を肯定していると被爆者や遺族は落胆したという。そんな中、広島出身の大学生である高橋悠太さんは日本政府が2030年までに核兵器禁止条約に批准するためのキャンペーンを行っている。高橋さんは被爆者の声を届けたいとして、外務省にも働きかけた。8時15分、原爆の犠牲者への黙祷が捧げられ、平和の鐘が打ち鳴らされた。黙祷後、松井一実市長は「核兵器のない世界が究極の目標だと再確認し、核抑止論は破綻しており、私達を理想へと導くための取り組みを各国行うべき。夢や希望があるといった気持ちになるような社会環境を整えることが重要となる。世界恒久平和のために力を尽くすことを誓う」と平和宣言を行った。
会場では平和への誓いを勝岡英玲奈さん・米廣朋留さんが読み上げる。勝岡さんは被爆者だった曽祖父のことを振り返り、会場に語りかけた。最後に2人は「誰もが平和だと思える未来を自分たちが作っていく」と宣言した。岸田首相は被爆者に哀悼の意を示し、昨今の世界を取り巻く環境を鑑みて、核廃絶が困難であるとしながらも核兵器のない世界を求める機運を今一度高めることが大切だとした。今後は核兵器のない世界の実現に取り組み、被爆者の体験談を語り継ぐなどと話した。続いて湯崎英彦知事が登壇、被爆者への哀悼の意とお見舞いの気持ちを述べ、核兵器を巡る安全保障の困難さ、積極的核抑止論を唱える人への問いかけ、核廃絶の実現のための参画を呼びかけ「核兵器廃絶の取り組みのを続けてこられた被爆者の皆様に敬意を表し、核兵器の廃絶の実現を誓う」とした。
国連の中満泉事務次長がグテーレス事務総長の挨拶を代読。グテーレス事務総長は代読された挨拶の中で、被爆者の核廃絶運動に敬意を表し、今後の支援を誓った。また核保有国に対して決して使わないことを呼びかけ「惨劇を風化させることなく教訓を活かし続けることを誇りに思い、この取り組みを日本の皆さまと協力できることを期待しています」とした。会場では「ひろしま平和の歌」の合唱が行われた。

他にもこんな番組で紹介されています…

2023年7月21日放送 13:05 - 13:55 NHK総合
列島ニュース(広島局 昼のニュース)
広島市の平和公園にある「原爆の子の像」は2歳で被爆し12歳で亡くなった佐々木禎子さんがモデル。けさ、禎子さんが在籍した幟町中学校の全校生徒約270人がこの像を訪れ、折り鶴を供えて平和を祈り、「紛争を解決する手段として武力を使わないでください」と訴えた。幟町中学校の湯田校長は「本校の使命として平和活動は大切に続けていきたい」と話した。

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