順天堂大学4年の三浦龍司は東京五輪の3000m障害決勝で日本人初の7位入賞を果たした。出雲駅伝は出場を回避し、全日本大学駅伝が今季の駅伝初戦となる。少年時代、ゴルフ場で両親がゴルフカートに乗る一方、三浦は走って追いかけていた。「当時の経験が強靭な脚力に繋がっている」と親からは言われているという。また、小学校時代は二重跳びを6分間跳び続けたとか。さらに出雲駅伝で吉岡大翔が区間11位と落ち込み、救護テントに運ばれると、主将の三浦は即座に駆け寄り、「失敗を経験できたんだから、全日本・箱根に生かせればいい」と励ました。