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「勝プロモーション」 のテレビ露出情報

氷川きよしがスタジオに登場。氷川きよしは中村玉緒と生前親交があったという。今年6月肺炎のため死去した中村玉緒(享年86)の夫は型破りな生き様で世間をにぎわせた昭和の大スター勝新太郎。玉緒さんはなぜ35年寄り添い続けたのか?
勝新太郎と中村玉緒のなれぞめは1955年公開の映画「かんかん虫は唄う」。その後も共演を重ね1962年に結婚。メディアに追われることも多かったが、「女のところに行く」と言う勝新太郎に中村玉緒が怒ると「それが怒った時の顔だ、よく覚えておけ」というようなやり取りがあったという。1967年には勝プロダクションを設立したが、浪費癖や多額の製作費で倒産し借金額は十数億円に。当時42歳だった中村玉緒は記者の質問に「(離婚しようとは)考えません」と返答。勝新太郎は「12億円に負けない」と言い、50歳の時には歌手になると宣言。2枚のレコードをリリースするがトップ10入りはならず。一方中村玉緒は借金返済のため勝プロモーションを設立。勝新太郎のために舞台やバラエティーに出演、ナイトクラブで歌うなど働き詰めで25年かけて借金を完済した。1990年には勝新太郎が麻薬密輸の疑いで逮捕される「麻薬パンツ事件」が起きる。中村玉緒は謝罪し、勝新太郎は「今後こういうことが起きた時には、パンツをはかない方がいいんだな」とコメント。帰国した勝に中村玉緒は何も言わなかったという。勝新太郎は「なんで玉緒は俺と離婚しないのかな。普通だったら離婚だよ」と語っている。氷川きよしは「明るく生きていかないと乗り越えられないって思われたんじゃないでしょうかね。小さいことでくよくよしないっていうか、大きいことでもくよくよしないって感じですよね」と語る。どうして玉緒は前向きでいられたのか?氷川が「飼っている犬を紹介する動画を送ってくれたが、ほとんど名前や歳を覚えていない。可愛らしかったですね」と、細かいことを気にしない中村玉緒のエピソードを披露。

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