紫式部が父とともに1年ほど暮らしたと伝わる福井・越前市の声を紹介。この地で越前国府の遺構を探す市民ボランティアたちは今すぐにでも国府を見つけたくて掘りすぎてしまうことがあると学芸員は話した。越前和紙の発祥の地である岡太神社・大瀧神社の宮司は「文献として残ってはいないが平安時代ここで使われる紙は大半が越前和紙だったはず。紫式部は越前和紙を手にとって物を書いたと考えられる。国府(越前)にいたときの紫式部がどんな生活をしてどう思ったのか、非常に心踊ることだ」などと話した。
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