小さい頃から天童よしみさんは天才少女と言われのど自慢荒らしとして知られていた。天童よしみとしてデビューしてから51年が経つがすぐには売れず歌手業を休業する時期もあった。10代の頃、大阪の八尾市で河内音頭の後ろで歌っていた時に酔っ払ったお客さんから天童さんを守って母が櫓から落ちてしまった。また、母はコロナ前に2度骨折した。天童さんは介護をしながら歌手生活をし、今まで料理はしなかったがそれ以来料理をするようになった。母は上半身だけ元気で、メイクなどを楽しんでいる。母によるメイクやファッションのチェックが入るという。コロナで天童さんの仕事がなくなったときも母が励まして叱ってくれた。天童さんはデビュー50年で初めて銀幕デビューした。