埼玉・川越市にある天台宗「川越大師 喜多院」を紹介。住職・塩入秀知によると「江戸時代初めごろ天海僧正によって名付けられた」という。天海僧正とは徳川将軍の側近で幕府の参謀も努めた高僧。山門は1632年建立の国指定重要文化財、現在の喜多院では最古の建物。サッカーコート約7面分の敷地には江戸との関係が深い建造物が点在している。徳川家康が喜多院へ天海僧正に会いに来ている(慶長15年、16年、17年)。国指定重要文化財「仙波東照宮」は家康の亡骸を日光に移送する際、天海が供養を行った地に建てられた。境内には徳川家光の命により建立された天海像を祀る国指定重要文化財「慈眼堂」など徳川家と縁の深い貴重な数多くの建造物がある。平安時代830年、第53代淳和天皇の勅命により慈覚大師円仁が喜多院の大元である「無量寿寺」を建立。1638年(寛永15年)の川越大火では川越城下の約35%が焼失。心を痛めた天海に将軍が復興案を提案。三代将軍・徳川家光が江戸城の中の建物を喜多院へ移築させて復興した。
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