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「戦時救護班」 のテレビ露出情報

昭和16年に太平洋戦争が開戦し、東南アジア各地に戦線は拡大していった。それとともに日本赤十字社には救護班の派遣が要請され、頼藤ツルさんは20歳で従軍看護婦となった。戦時中は軍の求めに応じて看護婦を戦地に派遣することが求められ、その多くは20代前半ばかりだった。中には既婚者や子どもをもうけている人もいて、西内清子さんの知人が乳飲み子を置いて行ったことに涙が出たとコメント。従軍看護婦の数は終戦までに5万人以上。

他にもこんな番組で紹介されています…

2026年7月24日放送 22:30 - 23:30 NHK総合
時をかけるテレビ女たちの太平洋戦争 従軍看護婦・激戦地の記録
多くの従軍看護婦が派遣されたのは現在のミャンマーで、日本軍は同地での資源獲得、連合軍の中国への補給路を遮断することを目的としていた。現地の人の協力も得て首都ラングーンを占領し、北部へと侵攻を開始。そして昭和17年に戦時救護班の第一陣として48人がラングーンに到着し、各地には兵站病院が置かれた。だが看護師たちはデング熱といった熱帯特有の風土病にかかり、帰国を余[…続きを読む]

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