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「月の松」 のテレビ露出情報

明日11月3日は文化の日ということで、散策にオススメなのが上野恩賜公園。明日は国立科学博物館、東京国立博物館、国立西洋美術館の常設展が無料で楽しめる。今日は上野恩賜公園で楽しく歴史を学べる散策コースを紹介。本日の達人は、江戸歩き案内人の黒田涼さん。上野恩賜公園の敷地は東京ドーム11個分あり、元は寛永寺というお寺の境内だったが明治維新後に公園となり文化施設が増えたという。まず向かうのは西郷隆盛像。西南戦争のため逆賊だったが1889年に死後、恩赦により名誉を回復し銅像が立てられた。しかし除幕式に来た妻の糸子さんは「うちの人はこげな人じゃなか」と言ったとの逸話がある。諸説あるが、生前の写真が一枚もなく証言などをもとに造形されたが似ていない説や、くだけた着流しで人前には出ないとの説などがある。続いては清水観音堂へ。京都の清水寺にある清見の舞台を真似て作ってある。日本の中心がエドであることをアピールするために作られたとされる。また左手には池があり松の枝が円形になっていて「月の松」として有名。続いて不忍池へ。近くに忍が丘という丘があったことが名前の由来になったとの説がある。弁天堂がある島は寛永2年頃に人工的に作られたもので、琵琶湖に見立てて作られた。また明治時代には競馬の会場として使われていた。当時は西洋にならった上流階級・貴族のための社交場であり、軍用に向く良質な馬を選抜・育成する目的もあった。不忍池周辺で10月桜を発見。10月頃から咲き始め越冬して春にも咲く二季咲きの品種。
続いては通称お化け灯籠といわれる大型の灯籠へ。各地の大名が徳川家を祀る上野東照宮へ奉納したもの。佐久間勝之が寛永8年に奉納したものとされ、熱田神宮、南禅寺にも大きな灯籠を寄進しており、日本の三大灯籠とされる。次に上野東照宮の鳥居へ。老中・酒井忠世が寛永10年に奉納したもので、関東大震災でも傾かなかったとされる。上野東照宮は徳川家康を祀る神社として寛永4年に建立されたもの。上野東照宮にある五重塔は幕臣・土井利勝が寛永8年に寄進したもので、火災で焼失したが同年に再建された。江戸時代以前は神社と寺の区別がなく、明治元年に神仏分離令により神道と仏教を明確に区別することとなり五重塔は破壊を勧められたが、上野東照宮の宮司が、寛永寺のものだとしたことで破壊を免れた。続いては金色殿へ。日光まで参拝できない江戸の人のために徳川家光が日光東照宮に準じた豪華な社殿に建て替えたとされる。さらに唐門にある透かし彫りは、1枚の板を両側から削って作られている。昇り龍の彫物があるが、偉大な人ほど頭を垂れるとの徳川家康の教えから、頭が下になっているものが昇り龍とされる。続いてボードウィン(ボードワン)の銅像へ。上野戦争で荒廃したこの地を視察したオランダの医者ボードウィンが公園として残すように明治政府に働きかけて1873年に日本初の公園に指定された。

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