富山県の真ん中に広がる呉羽丘陵。富山駅から車で10分ほど。ハイキングコースがあり、て膨大があり、手軽に自然と触れ合える場所として地元の人から親しまれてきた。今井壽子さんは、富山市の許可を得てここに花を植え続けている。呉羽丘陵の中腹にあるこの場所は、もともとは鬱蒼とした雑木林だった。呉羽丘陵の麓で暮らし、2人の子どもを育てた。息子は花が好きな子どもだった。大学卒業後は東京で働いていたが、夫が亡くなった時今井さんは寂しさのあまり富山に呼び戻したという。一緒に暮らし始め3年が経ったある日の朝、息子が急性心不全で亡くなっていた。41歳だった。今井さんは、今でも落ち込んでいるが表に出してもどうしようもないことなので秘めているという。一時は生きる意味を見失ったが、その1年後に富山市内のあちこちに花を植えていった。息子に好きだった花を届けたいという思い。今井さんは花にどう関わっていったらいいかと考え、まず花を植えるだけでなく皆が幸せになること、そのためにどうしたら良いかと考えたという。作り始めて4年目を迎えた呉羽丘陵の花畑。今や名所の1つ。今井さんには夢があり、四季折々の花が咲いてくれたら良いなと思っているので、呉羽丘陵をお花いっぱいにしようという仲間を育てて、来年辺りから山の上の植栽に回りたいという。
呉羽丘陵の魅力はその眺望。空気が澄んだ日は立山連邦が一望できる。人気スポットの展望台へ。山田さんは誰に頼まれるでもなく掃除を自分で始めたという。掃除を始めたきっかけは、近くにある高齢者の福祉施設に通い始めたこと。景色を眺める人たちにふと目をやると、立山連峰の美しく雄大な姿を見ていた彼らが涙を流さんばかりに話してた人がいたという。展望台を美しく保つことで、心から景色を楽しんでもらいたいという。今では訪れる人にガイドもしている。立山連峰が見える展望台に関われるようになって今は良かったなと思うという。
呉羽丘陵国産の梨。大きく甘いことで知られ、富山では贈答品にもなっている。200軒以上の農家が育てている。土池さんは梨農家の6代目。米を育てることができず、かつては貧しい地域だった呉羽丘陵。川がなく多くの水を使う作物には向かない土地だった。梨を作り始めたのは伸弥さんの5代前。試行錯誤の末にたどり着いたという。伸弥さんが子供の頃は、祖母が梨の世話をしていた。伸弥さんの父は当時会社員で、梨農家をやめるつもりでいたという。休みなく働くところを見ていたので、息子に残すよりは自分の代で閉めたと言われる方が良いと考えていた。ところが、伸弥さんは大学4年のときに梨農家を継ぐ決断をする。祖母に梨農家を継ぎたいと伝えたら「だめ。サラリーマンしてから社会をみてからね」と言われたという。大学卒業目前で就活もしておらずどうしようと思いながら家を出たという。伸弥さんは梨農家を諦め自動車部品を販売する会社に就職。9年間営業をした。帰ってきたのは30歳の時。祖母はすでに亡くなっていた。伸弥さんは、あのころすんなり良いよと言われてたら途中で辞めてたかもしれないという。畑だけでは知らない世界がいっぱいあり、あの時止めてくれてよかったという。今では親子で梨を育てている。今年はこれまでで一番の出来栄え。
呉羽丘陵の魅力はその眺望。空気が澄んだ日は立山連邦が一望できる。人気スポットの展望台へ。山田さんは誰に頼まれるでもなく掃除を自分で始めたという。掃除を始めたきっかけは、近くにある高齢者の福祉施設に通い始めたこと。景色を眺める人たちにふと目をやると、立山連峰の美しく雄大な姿を見ていた彼らが涙を流さんばかりに話してた人がいたという。展望台を美しく保つことで、心から景色を楽しんでもらいたいという。今では訪れる人にガイドもしている。立山連峰が見える展望台に関われるようになって今は良かったなと思うという。
呉羽丘陵国産の梨。大きく甘いことで知られ、富山では贈答品にもなっている。200軒以上の農家が育てている。土池さんは梨農家の6代目。米を育てることができず、かつては貧しい地域だった呉羽丘陵。川がなく多くの水を使う作物には向かない土地だった。梨を作り始めたのは伸弥さんの5代前。試行錯誤の末にたどり着いたという。伸弥さんが子供の頃は、祖母が梨の世話をしていた。伸弥さんの父は当時会社員で、梨農家をやめるつもりでいたという。休みなく働くところを見ていたので、息子に残すよりは自分の代で閉めたと言われる方が良いと考えていた。ところが、伸弥さんは大学4年のときに梨農家を継ぐ決断をする。祖母に梨農家を継ぎたいと伝えたら「だめ。サラリーマンしてから社会をみてからね」と言われたという。大学卒業目前で就活もしておらずどうしようと思いながら家を出たという。伸弥さんは梨農家を諦め自動車部品を販売する会社に就職。9年間営業をした。帰ってきたのは30歳の時。祖母はすでに亡くなっていた。伸弥さんは、あのころすんなり良いよと言われてたら途中で辞めてたかもしれないという。畑だけでは知らない世界がいっぱいあり、あの時止めてくれてよかったという。今では親子で梨を育てている。今年はこれまでで一番の出来栄え。
