新潟平野を流れる中ノ口川。その近くに味噌蔵がある。1932年創業の糀屋団四郎。その四代目の藤井寛さんと妻の康代さん。今回仕込みを手伝っていたのは東京農業大学の実習生。醸造を学ぶ学生にとって伝統製法を守る味噌蔵での実習は貴重な経験。実習生は2週間、蔵で藤井さん夫婦と寝食をともにする。22年前に東京農業大学3年生だった寛さんは、康代さんの実家の団四郎に実習しにやってきていた。21歳の寛さんと24歳の康代さんは、当時は結婚相手になるとは思ってもいなかった。大学卒業後には実家のある岩手県陸前高田市へ向かった寛さん。実家は180年の歴史を持つ、しょうゆ蔵老舗味噌蔵。その8代目として父の後を継ぐつもりだった。しかし東日本大震災が発生。地震直後、消防団員でもあった寛さんは消防団のヘルメットと法被をとりに自宅へ。その後、津波は家や蔵を飲み込み、父と祖母を奪った。寛さんは蔵の再建を諦めた。
震災から8年が経過した頃、寛さんのもとに1本の電話が。闘病中だった康代さんの母の和代さんに一緒に味噌づくりをと誘われたという。和代さんは家業を継ぐ娘の将来を案じて結婚相手として新潟へ来てほしいと電話をかけた。寛さんはまた味噌づくりに携われることが嬉しかったと答えた。二人は半年後に結婚し和代さんはそれを見届けて亡くなった。寛さんたちは三条市で行われたペットのイベントにも出店。味噌漬けのおにぎりに、豚汁を販売。寛さんは犬が大好きでこのイベントの休憩時には犬と戯れた。
寛さんが団四郎に来て4年後、最大のピンチに。味噌作りに使用していた釜に穴が開いてしまったがこの釜を国内で製造している場所はなく、初代が中古で仕入れてきたという。一般的な味噌造りはボイラーを使い大豆を蒸していく。昔ながらに我釜を使う蔵はごくわずか。釜で作ると効率が悪く、600kgの大豆を取り出す作業も大変で、今後もそれを続けていくのかと悩んでいたが、寛さんは和釜製法にこだわりたいと答えた。そんな矢先、岩手県の北上市で岩手製鉄という釜を作れる場所にたどり着いた。しかし、かまどの修繕も含めると750万円が必要になるという。とても出せる額ではないと、クラウドファンディングをスタート。こうして新和釜を導入した。
寛さんは特別な思いで仕込んだ樽を開いたが、実家の岩手県の和泉屋本店の復刻味噌を作っていた。クラウドファンディングの返礼品として、新しい釜で仕込んだ。震災以来、15年ぶりに和泉屋本店の味を再現する。目指したのは和泉屋本店らしい甘い味噌。寛さんの実家とリモートをつなぎ、デザインを決めていった。岩手県北上市の岩手製鉄にやってきた寛さん夫婦。クラウドファンディングの返礼品ができたと答えたが、その担当者は、和釜を設計しただけでなく、クラウドファンディングにも参加してくれた。陸前高田市では寛さんが同級生に味噌を配った。最後に訪ねたのは寛さんの母の吉田和子さんの元。15年ぶりに和泉屋の味に、母は美味しいと答えた。寛さんはその後、父と祖母にも味噌を作ったと伝えた。
震災から8年が経過した頃、寛さんのもとに1本の電話が。闘病中だった康代さんの母の和代さんに一緒に味噌づくりをと誘われたという。和代さんは家業を継ぐ娘の将来を案じて結婚相手として新潟へ来てほしいと電話をかけた。寛さんはまた味噌づくりに携われることが嬉しかったと答えた。二人は半年後に結婚し和代さんはそれを見届けて亡くなった。寛さんたちは三条市で行われたペットのイベントにも出店。味噌漬けのおにぎりに、豚汁を販売。寛さんは犬が大好きでこのイベントの休憩時には犬と戯れた。
寛さんが団四郎に来て4年後、最大のピンチに。味噌作りに使用していた釜に穴が開いてしまったがこの釜を国内で製造している場所はなく、初代が中古で仕入れてきたという。一般的な味噌造りはボイラーを使い大豆を蒸していく。昔ながらに我釜を使う蔵はごくわずか。釜で作ると効率が悪く、600kgの大豆を取り出す作業も大変で、今後もそれを続けていくのかと悩んでいたが、寛さんは和釜製法にこだわりたいと答えた。そんな矢先、岩手県の北上市で岩手製鉄という釜を作れる場所にたどり着いた。しかし、かまどの修繕も含めると750万円が必要になるという。とても出せる額ではないと、クラウドファンディングをスタート。こうして新和釜を導入した。
寛さんは特別な思いで仕込んだ樽を開いたが、実家の岩手県の和泉屋本店の復刻味噌を作っていた。クラウドファンディングの返礼品として、新しい釜で仕込んだ。震災以来、15年ぶりに和泉屋本店の味を再現する。目指したのは和泉屋本店らしい甘い味噌。寛さんの実家とリモートをつなぎ、デザインを決めていった。岩手県北上市の岩手製鉄にやってきた寛さん夫婦。クラウドファンディングの返礼品ができたと答えたが、その担当者は、和釜を設計しただけでなく、クラウドファンディングにも参加してくれた。陸前高田市では寛さんが同級生に味噌を配った。最後に訪ねたのは寛さんの母の吉田和子さんの元。15年ぶりに和泉屋の味に、母は美味しいと答えた。寛さんはその後、父と祖母にも味噌を作ったと伝えた。
住所: 新潟県新潟市南区新飯田1607
URL: http://www.dansirou.com/
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