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「美術研究」 のテレビ露出情報

世界遺産・法隆寺。7世紀はじめ聖徳太子により建立された。世界最古の木造建築・金堂。釈迦三尊像は中央の釈迦如来が太子の等身大の像とされている。焼ける前の壁画は豊かな色彩で像を四方から取り囲み金堂を厳粛に飾り立てていた。火災の熱で化学反応を起こし変色しているが仏の顔や輪郭はわずかに残されている。壁画が描かれたのは飛鳥時代の終わりの7世紀末~8世紀のはじめとされている。建立以来、聖徳太子信仰の中心として法隆寺で最も大切な場所とされてきた。聖徳太子は古代日本に仏教を広め大陸との交流の道を切り開いた立役者。飛鳥時代を通して様々な異国の文化を日本にもたらした。飛鳥時代は大陸の技術やデザインを取り入れた国際色豊かな作品が数多く生まれた。金堂壁画もその1つ。最も美しいとされてきた通称・6号壁といわれる壁画。専門家たちからなる委員会。2022年、6号壁の復元プロジェクトが始まった。鍵となる資料が奈良国立博物館に残されていた。記録メディアのガラス乾板に全12面の焼ける前の姿が記録されていた。壁画は2つの方法で撮影された。1つはモノクロでの撮影。約3メートルの壁画は原寸大で記録するため44カットに分割して撮影されたデジタルデータに変換したところ300億画素という驚きの高解像度と判明。もう1つがカラーでの撮影。壁画の全体像が赤・緑・青・黄色のフィルターを通して撮影された。ガラス乾板に色の情報が残されている。デジタルデータにすると8億画素の精度と分かった。組み合わせることで多くの色を作り出していた事が分かる。全てを録り終えるまで2か月半もかかっている。
法隆寺の記録事業の一環として壁画の撮影を指揮した撮影技師・佐藤浜次郎。14年後、金堂の火災の知らせを受け「壁画の撮影に半生を捧げてきたような私は泣けて仕様がありませんでした。十二壁全部を乾板に色を分解して原色撮影しておきましたが今ではこれがジュイいつの貴重な形見になりました。この乾板さえあれば火災前の色彩に復元するこtが十分できると思っております」などと振り返っている。難題に挑む大手化学メーカー。長年、写真フィルムの研究開発や色彩再現を手がけてきた3人のプロフェッショナル。まずはガラス乾板に色がどう記録されたのかを調べることから始めた。訪ねたのは佐藤浜次郎が所属していた会社。カラー撮影に使われたフィルターから色彩復元の決め手となる数字を見つけた。同じ赤のフィルターでも番号によって役割が異なる。それぞれのフィルターが通す光に違いがあるから。6号壁に多く使われた赤。微妙な濃淡を記録するためフィルターを吟味して選んだと考えられる。他の色のフィルターも原画を忠実に再現できるものが選ばれ記録されていた事がわかった。しかし最大の課題はガラス乾板から色を引き出すこと。これまでの情報を頼りに既存のインクを用いた色の再現が行われてきた。また江戸時代以降、多くの画家たちが模写に挑んできた。しかし試みには限界があったという。注目したのは実際に使われた絵の具の種類。研究成果をもとに色の濃淡、撮影当時の劣化具合など様々な状況を想定し壁画を彩っていた218の色を突き止めた。混ぜ合わることで壁画に使われた全ての色を表現できるという。用いたのは主成分分析。ガラス乾板に記録された色から3色の配合を導き出すことで両者を照らし合わせることができるという。主成分の3色をガラス乾板のデータに1マスずつアクセス。結果、焼損前の色彩を科学的に引き出すことができる。
金堂壁画は焼けた後も多くの人の支えで守り継がれてきた。建築史家・竹島卓一は法隆寺の法隆寺大修理を指揮していた。多くのイルムを遺していた。延べ2万3000人以上が参加したという。法隆寺の長い歴史の中でも壁画は特に大切にされていた。近年、金堂の建築構造から明らかになってきた。木材に手がかりがあるという。法隆寺にはかつて金堂に使われていた木材が3000点以上残されている。昭和の大修理では金堂に使われていた木材の3分の1がノリの時代の木材だと判明。その中には建物を補強するために使われた部材が多数含まれていた。補強は最も大切とされた壁画が囲む空間を守るためだった。目指すのはこれまでにない究極な画像。復元の鍵となったガラス乾板は2種類。1つはモノクロ。デジタルデータにすると300億画素。もう1つは主成分分析で色を導き出したカラーのガラス乾板。デジタルデータで8億画素。8億画素の色のデータを300億画素のデータに重ね色を際立たせ最終的に超高精細な復元画像を生み出そうとしていた。ところが2つの岩板に壁画を記録した際、ゆがみ・傾きが生じていた。ここからは地道な手作業。補正作業が1か月以上、続いた。そしてプロジェクトが動き始めて4年、ついに法隆寺の金堂壁画の6号壁の復元画像が完成した。7月上旬、完成した画像をお披露目する場が設けられた。専門家たちが確認する。凹凸画法は体や衣に絵の具で陰影をつけて立体感を生み出す描き方で古代インドが起源と考えられ当時の大陸で流行した最先端の画法の1つだった。それが金堂壁画の阿弥陀如来の衣の表現にも用いられている。今回の復元で凹凸画法の知られていなかった緻密な表現まで浮かび上がってきた。注目したのは衣の折り目を表した線。ここまで立体感を強調した理由は壁画の主題にあると考えられる。鉄線描は中国伝統の絵画の技法。金堂壁画の鉄線描も均一の太さで描かれたものと認識されていたが、今回の復元画像から新たな表現が見つかった。最も注目するのは観音菩薩の髪の毛の表現。インドや中国から伝わった絵画の技法を日本独自に進化させ洗礼させたものが法隆寺の金堂壁画だという。昭和24年に焼損した金堂壁画。大勢の人々が力を尽くし焼けたままの姿で保存された。今も法隆寺の一画で1300年を超える時を刻み続けている。そして壁画の焼損に心を痛め自らが遺したガラス乾板に望みを託した佐藤浜次郎。そのバトンを受け取り現代の技術者が壁画を蘇らせた。復元された画像は奈良国立博物館で9月13日まで開催中の特別展 南都仏教画 よみがえる奈良天平の美で披露されている。文化庁は復元は文化財に匹敵するほどの高い価値があるとして将来、12枚全ての復元を検討している。今、法隆寺は焼けた壁画を一般に公開する準備を進めている。文化財を守り続ける大切さを伝えるため。

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