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「豊川龍男さん」 のテレビ露出情報

1996年放送のNHKスペシャル「焼け跡からの再生~長田区 鷹取東地区の1年~」の映像を放送。神戸の鷹取東地区には1900人の人が住んでいたが、阪神・淡路大震災がこの街の暮らしを奪い去った。この焼け跡から街の人が暮らしを取り戻す戦いが始まった。火災を逃れた街の集会所では街の人の安否確認が続いていた。中心になって活動していたのが松原芳雄さんで、松原芳雄さんもこの街に住んでいて、阪神・淡路大震災で家族を失ったという。他にも夫を亡くした高橋惠子さんに話を聞いた。
4月になると瓦礫が取り除かれて街は更地になった。街で区画整理事業ために神戸市との話し合いが行われた。松原芳雄さんは妻の実家に身を寄せており、そこから震災のあった自宅を訪れて家族の遺品を拾い続けている。また焼け跡では仮の住宅の建設が始まっていた。夫を亡くした高橋惠子さんはアルバイトを始めて前向きになろうとしている。鷹取東地区の商店街にも仮の店舗が立つようになり、妻を亡くして洋品店をやっていた桑野照次さんは新たに店の準備を始めている。
震災から半年経過して桑野照次さんは仮の店をオープンさせた。店には顔なじみの客が訪れて商品を購入していった。8月になると夏祭りが行われ、離ればなれになった街の人たちが久しぶりに集まったという。松原さん夫婦は喫茶店の再建に向けて動き出したという。そうした中で街の再建案についての話し合いが行われたが、意見は分かれている状だった。
松原さん夫婦は妻の実家から仮設住宅に移り住んだ。また松原さんは街の復興の様子を記録するようになった。他にも震災で夫を亡くした高橋晶子さんや池田美代子さん、高橋惠子さんの様子が伝えられた。
12月。商店街の入口にあったアーチが取り除かれた。住民が戻らない状況だと商店街の再建のメドが立たないためだ。1月になり鷹取東地区は新しい年を迎えた。高橋さん家族は焼け跡を訪れた。高橋惠子さんは1月から新たに看護婦として働くという。失ったものの大きさと向き合いながら、多くの人が一日一日を生き抜いてきた。阪神・淡路大震災からまもなく1年になる。
スタジオでは阪神・淡路大震災について話題になり、佐藤江梨子は当時は中学生で色々な記憶が蘇ってきたと語った。そこで佐藤江梨子が震災当時の様子について思い出を語った。また佐藤江梨子が出演していた阪神・淡路大震災の15年特集ドラマ「その街のこども」の映像も流れた。
震災から30年。鷹取東地区の現在の様子が伝えられた。震災で夫を亡くした池田美代子さんは現在も鷹取東地区で暮らしている。地元では防災に関する授業や災害ボランティアなども行われており、能登半島地震の被災地でも支援活動が行われた。

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