京都府京都市にある東福寺の塔頭・南明院。この地に、秀吉・秀長の妹の旭の墓がある。天正14年5月、 旭は浜松の家康のもとへ正妻として嫁いだ。旭は44歳、家康は45歳だった。同じ年の12月、家康は駿府に移り、幼少期を過ごしたこの地に駿府城を築いた。旭も家康に従い駿府に居を移し、「駿河御前」と呼ばれたという。静岡県静岡市にある瑞龍寺の境内には、南明院から分骨し建立された旭のもう一つの墓がある。寺に残る秀吉の朱印状は、妹の眠る寺を保護するために出したものと伝わっている。寺には旭が所用した桐紋の小袖の生地も伝わっている。旭の足跡は、彼女が家康の妻として豊臣政権との架け橋となったことを物語っている。
