奈良県平群町にある朝護孫子寺。毘沙門天を祀るこの寺の境内に松永久秀の城・信貴山城があった。天正五年の秋、信長に背いた久秀は小田軍との激戦の末、この地で自害し波乱の生涯を閉じた。彼の死後、江戸時代の歴史書では久秀について悪く誇張した表現や、事実とは異なる記述がなされ、やがて錦絵などによりダークヒーローのような人物像が世間に浸透していった。近年、新たな肖像画が発見され、史実に基づいた久秀の再評価も進められている。信貴山の麓、奈良県王子町にある達磨寺には久秀の墓が。宿敵・筒井順慶によって埋葬されたと伝わっている。「戦国の梟雄」と呼ばれた松永久秀の実像は、今、大きく見直されようとしている。
住所: 大阪府高槻市城内町1-7
