関ジャニ∞の大倉忠義は18年から関西ジャニーズJr.のプロデュースも担当している。当時、50名以上が在籍していたが、デビューを果たしたのは関ジャニ∞、ジャニーズWESTのみ。東京と比べてチャンスが恵まれているとはいえなかった。大倉はグループの結成を提言し、18年10月になにわ男子が結成された。ただ、メンバーはグループに違和感を覚えているようで、周囲からも「なんであいつが入って、俺が入られへんねん」という空気感も漂っていた。その後、グループのなかでなにをするべきか、メンバーの意識が変化し、19年には初の単独全国ツアーを成功させた。コロナ禍で有観客を再開した全国ツアーでは全体演出、衣装デザインなどをメンバー自身が担当した。なにわ男子のデビュー発表はメンバーにとってもサプライズとなった。