古田敦也さんの人生の幸福度を探る。古田敦也さんの人生年表を映す。小学校3年生で野球を始めた。少年野球チームに入った。父が厳しかった。父に入らされたという。中学ではいじめられたという。竹刀で叩かれたとのこと。宝塚市の中学に転校した。高校で野球を辞めたとのこと。大学4年で日本代表になった。その後、社会人野球に進んだ。ドラフトで話題になっていた。ところが指名されなかった。テレビカメラが取材にきていた。メガネをかけていて、目が悪いやつはプロ野球ではダメだと言われた。ソウル五輪では銀メダルだった。ソウル五輪のときに野茂英雄さんが松野明美さんの出待ちをしていたという。ドラフト2位でヤクルトへ。メガネはかけていたという。嬉しかったとのこと。野村克也監督と出会った。そんなバッティングおれなら箸でもできると言われたとのこと。古田はプロ入り1年目から活躍し、2年目で首位打者に。3年目のオープン戦で落球。野村監督に慢心を見抜かれ激怒された。その年に初のリーグ優勝を果たすが、日本シリーズで西武に敗れた。翌年、初の日本一に。94年に小室哲哉プロデュースで歌手デビュー。
