ナゼそこ? (東京の一等地からワケあり移住SP)
今夜は東京の一等地から山奥に移住した秘境人SP。栃木・日光市の会津鬼怒川線・中三依温泉駅から歩いた先の山奥に東京・港区麻布から移住した秘境人がいるという。事前に連絡を取ると、「取材を受けるかはお会いしてから考えます」との回答だった。取材スタッフが自宅を訪問し、40分におよぶ交渉の末、OKしてくれた。東京からワケあって移住したのは七田紹匡さん(63歳)&七田由利さん(62歳)夫婦。愛猫・ふじこちゃんを飼っている。移住理由を探るべく密着した。
翌朝、家の中を見せてもらった。家具など見えるものは全て紹匡さんが作ったという。廃材で建てた家は未完成。隙間も多く、カメムシの侵入に悩まされている。釣り堀のある食堂から分けてもらった残飯に米ぬかを混ぜ、ニワトリに餌をやる。この日は9個の卵が収穫できた。卵は台所にある手作りの卵置き場で保管。食用の鯉も育てている。畑では小麦・野菜・フルーツなど年間30種類以上を栽培。トマトはケチャップやピューレ、フルーツはジャムにしてビンで保管している。2人で軽トラに乗って向かったのは自宅から車で約5分の場所。シカが木の皮を食べたことで倒れてしまった木の片付けを行った。太い木をチェーンソーで輪切りにして荷台に積み込んだ。自宅に戻ると機械で割って薪にした。冬は気温がマイナス18度にもなり、自作した暖炉・ロケットストーブを使う。電力の一部は太陽光パネルを使って自給自足している。電気の知識はAI頼りだという。17時30分から夕食作り。紹匡さんはイタリアのパン「チャバタ」を調理。買った白い粉に自分で作った全粒粉を混ぜる。パン作りはYouTubeで学んだという。毎日飲むコーヒーの豆は暖炉で自家焙煎。ほぼ自己流だが、最近はChatGPTを頼ったという。由利さんは農地を荒らす害獣として駆除された鹿を自ら解体し、カツレツを作った。鹿肉ソーセージ&きゅうりのピクルスを添えた。畑で採れた菊芋のポタージュも。自給率ほぼ100%の夕食が完成した。
1964年千葉県生まれの由利さんは美術大学に進学。23歳から約3年間フランスに留学し、ファッションの学校に通った。帰国後はファッション専門学校で講師兼通訳として働き、東京・港区の麻布で都会生活を送っていた。29歳の時に友人の結婚式で知り合ったのが紹匡さん。大学で建築を専攻し、雑誌の編集者をしていた。出会って1年後に結婚、東京で新婚生活を始めた。20代の頃はバブル景気真っ只中だったがバブルが崩壊。お金が好きでなくなり、所得税や消費税などの税金が取られる中、自分で物を作ればお金がかからないと考えた。長男&長女が生まれ、マシな物を食べさせてあげたいとの思いもあり、以前に仕事で訪れた和歌山県の山で5年間、米・野菜を自給する暮らしに挑戦した。次は自分たちの土地が欲しいと探し回った末に見つけたのが現在暮らす栃木県の山の中だった。テニスコート8面分、約2000平方メートルを約130万円で購入。家族で山を切り開いた。現在の家は工務店や家族・友人の手も借りたが、設計は紹匡さんが大学で学んだ建築の知識を生かして自ら行った。移住後、次男&次女が生まれて子どもは4人に増えた。大工仕事などアルバイトで現金を得ながら、自給自足を追求した。4人の子どもを立派に育て上げ、今年から30年ぶりに夫婦2人での生活となった。
