テレメンタリー2026 テレメンタリー2026
安積雅子さんは当時60歳で定年の時代に、当時最高齢の62歳11か月で医師国家試験に合格した。仙台富沢病院に務める安積雅子さんは、認知症に伴う精神疾患の患者を診療している。東北大学薬学部を卒業し、大学の研究所で勤務していた。その後28歳で結婚し退職し、専業主婦として4人の子どもを育てたが、50歳をこえて子育てが一段落してタイミングである思いが芽生えた。元々理想があって薬学を学んでいたために、その続きがやりたかったという。51歳で一念発起し、主婦業の傍ら猛勉強の日々を送り、医学部に挑戦するが4年連続で不合格。55歳で5回目の挑戦で念願の秋田大学医学部に合格した。62歳11か月で医師免許を取得。
医師の道を踏み出してから母親が脳卒中になったという安積さん。その介護をしに行くなど休みがなかったという。医師になって20年が経過すると、思いもよらぬことに、青森県の病院で働く水野さんは安積さんの新聞記事をきっかけに50歳から医師を目指した。キャリア官僚として働いていた水野さんは55歳で金沢大学医学部に合格し、還暦になって医師免許を取得。水野さんは目標にしてきた安積さんに直接会いに来たという。
85歳になった安積さんには変化があり、四年前は週4日働いていたが週2日になったという。その理由は病気でペースメーカーをつけているために無理ができなくなってしまったという。新型コロナの影響もあり、5年ぶりに院内での撮影が許された。86歳になった安積さんの勤務は週1日になっていた。病院側と今後について話し合い、安積さんは週1の診療に全てを注いでいた。安積さんは300年以上続く仙台藩抱えの茶道の石州流清水派。安積さんの母は石州流清水派の10代目。安積さんは幼少の頃に父親の仕事で朝鮮に住んでいた。しかし6歳の時に父は病死し、大戦末期の混乱の中で母親と兄弟4人で仙台市に戻った。石州流清水派の10代目の宗家として高校卒業時には全ての技術を受け継いだ母だったが、茶道の収入では子どもを育てられる状況になかった。そこで専門学校で学び自宅で洋裁教室を開いていた。子どもの養育が一段落すると第二の人生で再び茶道の道に。次世代に清水派をわかりやすく伝えるために膨大な資料の解読・研究に多くの時間を費やした。71歳の時に一冊の本にまとめて仙台市から表彰されるなど、101歳まで茶道を追求した。
