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塩野花菜さんは小学生の時に課外活動で原爆の被害を知り自主的にレポートを小冊子にまとめた。今も高校の平和学習部で社会貢献活動を行っている。彼女が初めて広島を訪れた。細井奏志さんは小学生の時に三田村静子さんの体験を聞き東京に住みながらも三田村さんの証言を語り継ぐ最年少の交流証言者となった。今も残る原爆の遺構。永遠に残ったとしても被害を直接体験し語り継ぐ人々に残された時間に限りがある。
最近、被爆体験を話し始めた大橋和子さん。当時12歳、作業場に集合し飛行機が飛んできて腕で日差しを避けた瞬間にピカっと光り大きな音がした。無傷だと思った大橋さんは逃げていたら足を掴み助けを求める人がいたが助ける余裕がなく振り切ったことが罪悪感を抱えたという。死体を踏み越えながら水を探すと橋のふもとに水を発見し飲もうとしたときに初めて自分の姿を確認した。爪の境目に分からないものが下がり、全裸に近い状態で顔は目・口・鼻がどこにあるのか分からない姿となっていた。気を失った大橋さんは軍のトラックに死体として積まれたと考え動く手足に気づいた兵隊が落としてくれたおかげで助かった。また気を失った大橋さんは被服支廠の土間にいた。大橋さんを呼ぶ声がして気が付き、おじが大橋さんに気づき「戦争はいけんのう」と話していたという。母の実家に連れて行ってくれた。2026年8月6日。長崎で平和活動を行う塩野さんは初めて広島平和記念資料館を見学した。三田村静子さんの体験を継承する細井奏志さん。次の世代への継承が生まれている。佐藤美津紀さんは長崎で被爆し被団協のノーベル平和賞受賞をきっかけに自身の被爆体験を語り始めた。
新たな試みも始まっている。シンポジウムを企画した井上高志さん。世界の平和を願うことが現実的ではないと批判される時代になった。しかし理想を語らずに平和を掴むことができるのか。
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- 第1回 PEACEシンポジウム2026
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