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輪島市大沢町。竹の間垣に囲まれた100人ほどの集落。「まれ」の舞台になった。建物が次々に解体されている。住民は、この町を去るか戻るか、揺れている。土石流が家も畑も飲み込んだ。それでも庭を耕す人。もう何が来ようと恐ろしいものはないという人。震災から2年間の、能登の記録。
土屋太鳳が通った撮影の舞台の大沢町。県道は崩れ落ち、住民は救助を待った。救援物資が届いた様子。住民は避難を開始。大沢は無人の集落になった。ニか月後、住民は一時帰宅。60世帯が暮らす漁村。竹の間垣。無傷の家はない。田中屋旅館の主夫婦も一時帰宅。春になった。いちはやく集落に戻った人たちが花見をしていた。住民がいれば電気がくるという人。田中屋旅館の主夫婦は山道を通いはじめた。畑の用水が直しはじめた。じゃがいもの種を植える。漁を再会した栂さん。魚を天日干しにしていた。波止場を整えはじめた人たち。70代が主力だ。片山家では家の中を直しはじめた。まがりなりにも住むところができたという。片山和哉さんの母は建物の下敷きになり亡くなった。沖に船を出した片山さん。漁の収穫を分け合った。夏祭りが近づく。避難先からも人が集まった。2024年9月21日の能登豪雨。大沢はまたも孤立集落になった。ぼう然と立ち尽くす人。土石流は集落を破壊。漁港を土砂が埋めた。波止場に片山さんがSOSを書いた。ヘリコプターは輪島市の中心部へ。大沢の住民は避難所に入った。1週間後、住民たちは様子を見に戻った。やっとの思いでたどり着く。家も車も壊れていた。手作りの波止場は跡形もなく消えていた。
輪島市仮設住宅。大沢の住民が入っている。集落の姿を映像で見る大沢の住民たち。帰るという人、帰らないという人。さまざまな人たちの声。帰りたいけど帰れないという人の声もある。2025年冬。2度の災害に襲われた集落は雪で覆われた。仮設住宅にも雪が積もった。田中さんは、写経をしていた。雪がとけ、土砂の片付けがはじまった。災害ボランティアが集まった。2025年春。集落に人影は少なかった。栂さんは、腰に黄色い袋をさげていた。1か月入院していたという。腎臓が片一方だめになったという。多くの家が解体され、更地となった。田中さんの旅館はのこされた。生活のための道は崩れたまま。漁港が使えなければみんな帰って来ないと片山さんは片山さんは考えていた。輪島市と交渉して重機を確保。漁師たちが港を堀りはじめた。漁の再開が集落を護と信じた漁師たち。波止場には栂さんがいた。自力で船着き場を整えた。臨時の波止場のお披露目の日。大沢の漁師たちが集まってきた。2025年夏。工事の音。漁師のための番屋。休憩などに使われていた。片山さんがこの番屋を買った。ここで暮らすという片山さん夫婦。母のお骨は見つかった。海辺の墓に埋葬したという。波止場から漁に出る。2025年秋。井戸端会議をしている人たち。片山さん夫婦の家は出来上がりつつある。2025年冬。震災から2年がたっていた。土石流で埋まった川を旅館の女将の田中さんが渡っていた。来年は数えで80歳になるという。ミカンをとりにいくという。どのように暮らすのか考え続ける2年間だった。
エンディング映像が流れた
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