- 出演者
- 加藤浩次 中根舞美 澤穂希 中澤佑二 吉田沙保里 池田美優 五十嵐亮太
アスリート426人一斉投票・スポーツ伝説の試合ベスト10。平成5位:長野五輪スキージャンプ団体金メダル。1998年2月17日、長野五輪スキージャンプ団体が大逆転で金メダルを掴み取った。伝説の試合を原田雅彦&岡部孝信&斎藤浩哉が27年ぶりに見直して当時を振り返る。スキージャンプ団体は4人が2回ずつ飛び距離&飛型点で競う。日本1位で迎えた3番手・原田雅彦の1本目は記録を伸ばせず1位から陥落。岡部・斎藤の言葉が原田を復活させ2本目で137mの大ジャンプ。金メダルは4番手・船木和喜に託された。原田が発した「ふなき~」は船木を見ろと言いたかったという。そして日本は悲願の金メダルを獲得。
アスリート426人一斉投票・スポーツ伝説の試合ベスト10。昭和5位:阪神バックスクリーン3連発。1985年4月17日、読売ジャイアンツvs阪神タイガースの対戦。3-1の巨人リードで迎えた7回裏、阪神・バースがバックスクリーンへ逆転3ラン。続く掛布、岡田もバックスクリーンへのホームランを決めた。
5位は2022年のカタールワールドカップ出。日本はドイツとスペインに死の国と呼ばれたグループEへ。その初戦の相手はドイツ。序盤から攻められ主導権を握られた結果、PKで先制され前半が終了した。そこで後半は三笘、浅原、堂安を投入。日本は後半30分で堂安が期待に答え同点においついたこのゴールを皮切りに日本の攻撃が増していく中、後半37分のフリーキックにて、日本は1点を獲得。W杯で強豪ドイツに逆転勝利した。しかし、FIFAランキング7位のスペインとも対決。苦しい展開で後半を迎えると、日本は堂安が同点のゴール。そして、もう一点を入れた時、ラインの外に出たボールにビデオ判定がされたが、その結果得点入りとなり日本は点目へ。グループリーグを1位で突破した。
1992年にバルセロナ五輪の200m平泳ぎで岩崎恭子が決勝に挑んだ。その大会で史上最年少14歳にして金メダルとなった岩崎。その中で名言に「今まで生きてきた中で一番幸せ」と名言を残した。
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昭和4位は?
1988年のソウル五輪で100m背泳ぎで金メダルを獲得した鈴木大地。その4年前に高校3年生で出場したロサンゼルス五輪で、ある必殺技で世界から注目を集めた。それはバサロ泳法。スタートから長い距離を潜水する方法で、鈴木はあの当時は自分しかやっていなかったと答えた。その影響でライバルにやり方を教えて欲しいと言われたという。その自らの必殺技をライバルたちに教えたが今さら周囲がやったところで、追いつけるわけがないと思っていたという。しかしその4年後のソウル五輪ではバサロ泳法をする選手でいっぱいになった。そしてマスターした選手は世界新記録を記録をした。そこで急遽作戦を変更し潜水距離を伸ばすことに。その結果鈴木は金メダルを獲得した。
2000年のシドニー五輪の女子マラソンにて、金メダル候補として期待を背負った高橋尚子が走った。スタートから1時間、18キロ付近にて高橋尚子は一気にスピードアップし集団から抜け出した。27キロ付近ではルーマニアのシモン選手と一騎打ちに。35キロ付近で高橋はサングラスを投げた。隣のシモンが離れていることに気づき、一気にスパートし独走体制に。勢いが衰えず金メダルを獲得した。
平成2位は?
総和3位は山下泰裕の金メダル。
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昭和3位は2009年に行われたWBC.。日本と韓国の対戦は延長までもつれる大激戦に。10回勝ち越しの場面。この大会では不審にあえぎ、打率は2割1部1厘だったが、内川聖一と岩村明憲はいつものイチローに戻って微調整を重ねたことが最後のヒットに繋がったのではと解説しまるでバットと球が糸を引いているようだったという。
昭和2位は王貞治。現役時代は読売ジャイアンツの主砲。その裏では努力の天才としてもしられていた。畳が擦り切れるまで日夜素振りに没頭。時に新聞紙を日本刀で切るという危険な特訓も。そんな特訓の末に手に入れたのは一本足打法。王はこの独自のフォームで13年連続ホームラン王に。昭和52年8月31日には、メジャーキ記録と並ぶ755号ホームランに。世界記録の756号ホームランをみようとその3日後、客席は超満員に。そしてその日に世界記録を達成した。
令和4位は WBC2023。準決勝で日本はメキシコと対戦した。メキシコは現役メジャーリーガーばかりでホームランボールもキャッチされてしまった。9回には1点差となった。残す最終回の攻撃のみ。大谷が打席に立ち、ランナー1、2塁。ここまで絶不調の村上が打席に立った。しかし選手たちは皆村上を信じていたという。栗山監督は迷いを消すために行ってもらったというが、結果は村上のヒットで日本は勝利した。 そして決勝のアメリカ相手に一点リードの9回、大谷がピッチャーの中、勝利まで1アウト。その相手はマイク・トラウト。勝負の結果日本は14年ぶりにWBC制覇となった。
栗山がWBC以上に衝撃を受けた試合は2016年の日本ハム×ソフトバンクの試合。大谷翔平がまだ日本ハムの選手で二刀流で話題をさらっていたころ。先発投手一番バッターで登場した。その第一打席でホームランを放った。栗山はベストゲームだったと振り返った。
令和3位は2025年のリーグ優勝決定戦。ドジャースとブリュワーズの試合。今シーズン二刀流復帰し、それまでに初記録をいくつも更新。この日は初回3者連続三振、先発投手先頭打者ホームラン、投げては6回10奪三振、またその打球の飛距離に同じメジャーリーグの選手も感嘆の声を上げた。結果1試合10奪三振3本塁打を記録した。大谷はこの日だけで新たに3つのメジャー初記録を樹立した。ドジャースはワールドシリーズに進出した。
令和2位は「21年のマスターズで松山英樹が優勝」。3日目、松山は1イーグル、5バーディーとスコアを伸ばし、日本人で初めてマスターズを制した。マスターズに出場した経験があり、解説を務めた中嶋常幸氏は松山の名場面を見るべきだと、敢えて口を閉ざしていたという。
昭和1位は「千代の富士の53連勝」。幕内昇進を果たした当時は96kgと最軽量力士ながら、筋骨隆々の横綱として話題となった。弟子の九重親方は「腕立て伏せ500回しました」と伝えると、「てっぽう、腕立て、四股を1000回だ」と叱られたという。千代の富士は体重差149kgある小錦に勝利してみせた。
平成1位は「なでしこジャパンのW杯優勝」。決勝ではこれまでに一度も勝てていなかったアメリカと対戦。1-1のまま延長戦に突入し、アメリカが勝ち越しに成功。試合終了が近づくなか、アメリカの選手が倒れ込んで時間稼ぎ。その間、澤穂希らなでしこ選手たちはコーナーをどこに蹴るか、話し合っていた。澤はサッカー人生でゾーンに入れたのは最初で最後だといい、同点ゴールに成功。PK戦の末、日本がW杯を制覇した。澤はリオネル・メッシとともにバロンドールに輝いている。
令和1位は「ドジャースのワールドシリーズ連覇」。山本由伸は渡米前、テレビ東京の独占インタビューに応じていた。
令和1位は「ドジャースのワールドシリーズ連覇、山本由伸のMVP」。山本は第2戦に先発し、9回を投げて10奪三振。ワールドシリーズでの完投勝利は10年ぶりだった。第3戦、大谷翔平は2本のHRを放ち、ワールドシリーズ初登板の佐々木朗希は8回のピンチを無失点で切り抜けた。延長18回に突入すると、リリーフ投手を使い果たしてしまう。すると、山本由伸がブルペンに移動した。
