- 出演者
- 大久保佳代子 上田晋也 いとうあさこ ファーストサマーウイカ 渡辺美奈代 菊池桃子 紺野あさ美 高橋みなみ 槙田紗子 宮近海斗(Travis Japan) 田中美久 生田衣梨奈
上田が挨拶し、ゲストの宮近海斗らを紹介し、テーマは「今だから話せる! 女性アイドルのリアル」と発表。
テレビが普及した1970年代にアイドル第1号とも言える南沙織が登場した。オーディション番組「スター誕生!」が始まると花の中三トリオが登場した。1973年にはキャンディーズがデビューし、1976年にピンク・レディーが登場。1980年に松田聖子がデビューすると、対極の存在のように中森明菜が登場した。1984年に15歳で菊池桃子がデビュー。バラエティ番組「夕やけニャンニャン」のアシスタントとしておニャン子クラブが誕生すると、渡辺美奈代などが人気を博した。1990年代に入るとバンドブームとなりアイドルは冬の時代を迎えた。そんな中再びアイドルブームを到来させた「モーニング娘。」が登場し、そのオーディションは密着型オーディション番組の原型となった。紺野あさ美は14歳で「モーニング娘。」に加入した。おニャン子クラブ生みの親である秋元康がAKB48を誕生させアイドル界に革命を起こした。高橋みなみはAKB48グループなどの初代総監督に就任した。HKT48にて田中美久が12歳でデビューした。そんな頃に「モーニング娘。」は圧倒的な実力派集団として再注目され、そんな中で歴代最長の14年半在籍した生田衣梨奈がデビューした。2020年代になるとCUTIE STREET、FRUITS ZIPPERが爆発的ヒットし、振り付けをPASSPO☆で活躍した槙田紗子が担当していたなどと伝えた。
菊地らはたまたまスカウトされたことをきっかっけにアイドルデビューしており、おばと友達が共同経営していた飲食店に飾られていた自分の写真を見た芸能関係者が会いたいと言ってくれたなどと明かした。渡辺らは中学卒業後にタレント養成所に入り、事務所スタッフに勧められたオーディションを受けたら合格できたなどと話した。高橋らは当時はアイドルになりたいわけでもなくホリプロタレントスカウトキャラバンを受けていたが会場の外で怪しいおじさんが怪しいチラシを配っていて、そのチラシを受け取ったことでAKB48になったなどと打ち明けた。宮近らはジュニア時代には100人ぐらいのジュニアメンバーでステージに上って競っていたため生きるも死ぬもあったなどと告げた。生田らは「モーニング娘。」に加入した時点で15年近く続いていたアイドルであったため持ち歌も約300曲あり、デビュー当時の単独公演では50曲ぐらいを覚えさせられていたなどと話した。宮近らは親が履歴書を作って事務所に送り13歳でジュニアとなり、当時はダンスをやっていて周囲にはそうした男子が少なく、周囲にそそのかされた母親に勧められたなどと語った。
渡辺は「修学旅行や卒業式にも雑誌の記者が同行」だとし、堀越高校では修学旅行は必ず参加しなくてはならず、半日参加すればよかったため夜にマネージャーといっしょに宿に入り、取材陣への対応をして、ご飯食べて寝て帰っていたなどと明かした。菊地らは学生時代には多忙であったため宿題が間に合うことができず、レコード会社の人達が手伝ってくれたなどと伝えた。菊地らは昭和時代には卒業アルバムに実家の住所が載っていて、若い男がガラスを割って入ってきており、帰宅したときには警察が現場検証していたなどと打ち明けた。
- キーワード
- 堀越高等学校
渡辺らはアイドル時代にはまだオートロックもなく玄関を開けたらすぐ人がいたり、玄関に新聞受けがあるタイプの部屋に住んでいた頃には、新聞受けから部屋を覗かれていたことがあったなどと告げた。田中らはグループのルールが厳しく髪の毛を4cm切るだけでも何百文字の報告書を書く必要があり、単純にショートカットにしたいだけでは通らず、二十歳の頃に大人な一面も見せたいとして切ることが許されたなどと明かした。宮近らはTravis Japanには厳しい決まりはないが渡米した際には美容室がないと聞いていたため短くしたがメンバーは全く切っておらず、伸びた頃には普通に日本人が運営している美容院も見つかったなどと話した。宮近らはメンバーカラーが決まっているとステージ上でファンが持っているペンライトの色なども意識するようになるなどと告げた。紺野らはセンターではないメンバーであったためカメラ割がくるとどの場面で自分が映り込めるか毎回計算していたなどと述べた。ウイカらはアイドル時代にはグループ内で作詞をしていて、コンペ式で採用されてたため採用されればクレジットもされていたなどと話した。
槙田らはデビュー後すぐにオリコン1位になるとしゃべくり007に出演できたが、皆が皆バラエティー慣れしておらず、ぶりっ子キャラではないメンバーがぶりっ子になってしまったりと地獄のような空気になっていたなどと明かした。生田らはアイドル卒業後も16ビートを刻んでしまっているとしてスタジオにて16ビートの振り付けを披露した。渡辺らは自分たちがアイドルの時代から握手会は存在し、デビュー前に握手会を開いたら約1万人のファンが駆けつけてくれ、次の日は肩が上がらないほど疲弊していたなどと告げた。
「メリーベリーラブ」の番組宣伝。
秘密のケンミンSHOW極の番組宣伝。
宮近がTravis Japan 4th Album「Jewelry Basket」を告知。
高橋らはAKB48時代の握手会では最終的に握手券のまとめ出しタイムがあり、一人のファンが300枚とか持ってくることもあり、あるときには違うメンバーのファンだと認識していた方が自分のもとに数百枚の握手券をまとめ出ししてきたときには推しのアイドルが週刊誌に撮られ握手する気分ではないため話を聞いてほしかったと言われたなどと明かした。
- キーワード
- AKB48
