2026年6月21日放送 18:30 - 20:50 テレビ東京

大谷翔平からHR&宝くじ長者&ミス日本…一世風靡した歴代人物は今?衝撃SP

出演者
せいや(霜降り明星) 中山秀征 ホラン千秋 矢吹奈子 
(オープニング)
オープニング

今夜は岩手の怪物と呼ばれた高校時代の大谷翔平からHRを打ったたった2人の伝説の歴代球児の今、日本中がクギヅケになった謝罪会見から19年のささやき女将の驚きの今など総勢96人の歴代人物を紹介する。

総額8億2000万円の当せん者秘実話
宝くじ億万長者は今?総額8億2000万円の歴代当せん者

総勢96人の歴代さんと話題の動物たちを全力取材。サマージャンボ宝くじの季節、総勢8億2000万円の当選者と街頭アンケートで高額当選者に聞きたいことを調査した。今の形の宝くじは1945年の終戦の年に誕生、復興視線確保とインフレの抑制が目的で1枚10円の1等賞金10万円の現在価値で2500万円だった。1968年には1等賞金が1000万円になり宝くじが大イベントになった。1989年に1等前後賞で1億円の大台に、人気に拍車をかけたのはヒデさん出演の日本テレビ「DAISUKI!」の大人気企画の宝くじ当選発表で200万円当選もあった。当時グループ買いを初めてやった企画だったという。高額当選者にアポイントを取ると4人のコンタクトに成功した。

1人目の高額当選者は香川県高松市にいる年齢非公開の蔵間雄土さん。1996年の年末ジャンボで1等前後賞で1億5000万円を当選、現在は占い師をしている。2に目の億万長者来栖けいさん(46)20歳大学生だった2000年に2億円を当選、20代の頃から美食の王様といわれ当時1万軒以上の店を食べ歩き多くのTV番組でも活躍し現在は代々木でフレンチレストランのオーナーをしている。3人目はホラン千秋さんが16歳で戦隊ヒーロー悪役をしていた2005年、愛知県豊田市に住む久慈六郎さん(60は)サラリーマン時代にロト6で3億2000万円を当選した。現在は定年退職して趣味の動画投稿に勤しむ。4人目は住職 三木大雲さん(53)46歳では初夢宝くじで1億5000万円を当選、現在は住職をしながら執筆活動を展開している。街の人が聞きたい質問に4人が回答、高額当選者ならではの衝撃トークが展開された。

歴代宝くじ億万長者 豪遊 借金 波乱万丈の人生激白

歴代の宝くじ億万長者に聞く。賞金で買った高額な物は?3億2000万円当せん者の久慈さんは「キャバクラにいく」ボロアパート住まいだった久慈さんは一夜にして億万長者に。元々キャバクラ好きだった久慈さんは毎日通ったという。1億5000万円当せん者の住職・三木さんは「お寺」。雨漏りなどがひどく修繕に充てた。総額2億で赤字だったという。登録者45万人のYouTuberでもある三木さんは賞金とクラウドファンディングで寺を改装、今も返済中だという。20歳で2億円当せんした来栖さんは「食事」。書籍も出版する美食家でもある来栖さんは学生時代からグルメ三昧だった。20歳で当せんし25歳で初出版。その日には残金200万円だったという。すべて食べ物だった。

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続いては、宝くじを買ったきっかけは?1億5000万円当せんの蔵間さんは「ラッキーカラーの紫色の物をみる」。出張先の東京で占いで出たラッキーカラーの紫色の車に当てられそうになった。その知覚に西銀座チャンスセンターがあり、ラッキーかもしれないと10枚買って大当たりしたという。その経験もあり占い師の道に進んだ。三木さんは「初夢」。大黒様が夢に出て「バラ」を買ってくるようお告げがあった。バラ肉と思い買い行くと肉屋さんに宝くじじゃないのかと言われたという。その宝くじには七福神が描かれていた。なお、当せん金のその後は蔵間さん、久慈さん共投資に失敗してゼロ。しかし久慈さんはその後、波乱万丈の人生を綴った書籍が大ヒット。2008年には反町隆史主演のTVドラマにもなった。なお、M-1グランプリで優勝し賞金1000万円を獲得したせいやは家を購入した。

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大谷翔平から一発!伝説球児
高校時代の大谷翔平からホームラン!歴代の伝説球児を大追跡

大谷翔平選手は岩手県で小学2年から野球を始め、2010年に岩手の花巻東高校に進学した。公式戦で高校時代の大谷選手からHRを打った選手は2人とのこと。

高校時代の大谷翔平からHR…歴代1/2人 栄光からの転落人生

高校時代の大谷翔平選手からHRを打った1人目の球児が大阪桐蔭の田端良基選手。2012年のセンバツで大阪桐蔭と花巻東が対戦し、田端選手は7回表に2ランHRを打った。田端選手は高校卒業後に亜細亜大学への進学が決まっていたが、高校以上の実力を出せると思わず入学前に大学を辞めて就職。現在はYouTuberとして高校野球情報を発信する傍ら、オーダースーツの会社を経営しており、年商は約1億円とのこと。

高校時代の大谷翔平からHR…歴代2/2人 秘 練習を告白

高校時代の大谷翔平選手からHRを打った2人目の球児が盛岡大附属の二橋大地選手。2012年夏の岩手大会決勝で3ランHRを打った。当時盛岡大附属では大谷選手を攻略するため、マウンドより6m程手前に置いたピッチングマシンの球を打つ練習をしていたという。二橋選手は高校卒業後も大学・社会人で野球を続け、去年現役を引退し、現在は三菱重工グループで働いているとのこと。また二橋選手が2019年に結婚式を挙げた際、大谷選手から祝電が届いたという。

熱狂!ダイエットのカリスマ
一世を風靡したダイエットの歴代カリスマは今?1 デューク更家

一斉を風靡したダイエットのカリスマ歴代さんの今を紹介。2003年日本中で流行したデューク更家さん(当時49歳)のダイエットウォークは特徴的な歩き方で話題になり、1万歩より質の高い数百歩をモットーに骨盤の歪みを整え健康的にダイエットを行った。講演を開催すれば全国の会場が満員御礼、ダイエット本は累計100万部を突破した。「いい旅・夢気分」出演時もデューク流を披露していた。あれから23年、現在72歳で変わらないスタイルと若々しさを保っていた。5年前テレビ東京の番組で今を突撃取材、現在ウォーキングは足を上げる進化を遂げていた。

一世を風靡したダイエットの歴代カリスマは今?2 ビリー隊長

一世を風靡したダイエットの歴代カリスマを紹介。アメリカから上陸したビリーズ・ブートキャンプのビリー・ブランクスことビリー隊長は軍隊仕込のハードな運動が日本で社会現象となった。人気上昇で緊急来日、東京で選抜の400人と特別講習しその後来日中通訳だった日本人女性と結婚した。あれから19年、現在70歳ロサンゼルス在住で現役でブートキャンプを指導している。

一世を風靡したダイエットの歴代カリスマは今?3 モムチャン

一世を風靡したダイエットの歴代カリスマの今を紹介。2007年、平凡な主婦だったチョン・ダヨンが考案したモムチャンダイエットは韓国で大ブームでダイエットのカリスマとなりその後日本でも大ブームとなった。無理のない動きが多く続けやすいと大好評、産後70キロ超えだったチョン・ダヨンが20キロの減量の経験をSNSで公開し話題の人になった。あれから19年、スタッフが連絡を取ると近々日本に来るため滞在中のホテルで取材した。現在のチョン・ダヨンさんは60歳、美しさを保つ秘訣を探るべき滞在中に密着した。

ダイエットの歴代カリスマは今?“奇跡の60歳”が教える美の秘訣

ダイエットの歴代カリスマの今、奇跡の60歳チョン・ダヨンに密着し美の秘訣を探った。昨年中国を訪問した映像ではいまだアジアで大人気でダイエットのカリスマは健在だった。歩く時のコツとして「腕を大きく振ることはみんな知ってるけど大事なのは前にではなく後ろに引くイメージを持つ事」とし肩甲骨を意識して動かすことで全身の筋肉が連動して運動量がアップするとした。信号待ちではながら運動として常に足を動かすという、コツはながら運動は一つだけ決めて必ず実行すること。昼はカツカレーを選択、週1回は好きなものを好きなだけ食べるようにしているという。食べる際は小さいティースプーンを使用、満腹信号は食べてから20分以上でしか発信されないので20分以上かけて食事をするという。チョンさんは「とにかくダイエットは無理をしない事が一番大事、小さな努力を積み重ねていけばいつまでも美を保つ事ができる」とした。

一斉を風靡したダイエットの歴代カリスマは今?4 樫木裕実

2011年に一世を風靡したダイエットのカリスマは樫木裕実。考案したカーヴィーダンスは曲線的なダンスが特徴。ダイエット本は500万部を突破してベストセラーに。サイン会には長蛇の列ができていた。15年経った63歳でも美しさとくびれを未だにキープしていた。現在は寺島しのぶなど著名人のボディトレーナーをしながら、今も全国でダイエット講習をしている。

ビリー隊長 大豪邸を公開&日本のテレビ界に喝!

ダイエットのカリスマ・ビリー隊長がロサンゼルスにある自宅から家族とともに出演。ビリー隊長の自宅は大豪邸。2012年にテレビ東京の番組が自宅に突撃していた。総敷地面積は1000坪、間取りは8LLLDDKK、庭にはプールがある4億円の豪邸だった。ビリー隊長は日本のテレビに言いたいことがあるという。日本のテレビは「あの人は今」扱いしているという。

70歳ビリー隊長 LAから緊急出演でビクトリー!

ビリー隊長は70歳でもバリバリの現役。それを証明するためにブートキャンプを実践した。

伝説の会見!新事実を告白
世間を騒がせた!歴代 “伝説の記者会見”のあの人は今?イッキ見

記者会見には数々の名言があった。記憶に残る名言会見をした歴代さんたちは今?

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アフロ共同通信社新華社
伝説の記者会見 名言1 社長が叫んだ社員愛

1997年、山一証券の経営破綻。バブル崩壊後の収入減で総会屋への不正な利益提供が発覚、約2600億円もの債務が積み重なった。会見では野澤社長から社員を想う名言が生まれた。「私らが悪いんであって社員は悪くない」と叫んだ。88歳となった今は余生を送っているという。

伝説の記者会見 名言2 サッカー少年へ神対応

クリスティアーノ・ロナウドの名言会見。2014年、ロナウドと少年の会見。当時12歳の岩岡遼大さんが約1万人の抽選からインタビュー権を獲得した。修学旅行を中抜けしてインタビューをした。岩岡さんはいつの日から一緒にプレイしたいと話したときに笑いが起きたが、ロナウドは皆んな何でわ笑うんだい?と神対応した。その後、岩岡さんはサッカー選手になるという夢を叶え、山梨学院サッカー部で活躍して、全国高校サッカー選手権で優勝した。

伝説の記者会見 名言3 昭和の破天荒スター

勝新太郎の伝説の記者会見。1996年、喉頭がんからの復帰会見。タバコはヤメたと宣言したが、その直後に会見中にタバコを吸う破天荒な行動に出た。

伝説の記者会見 名言4 記者vsささやき女将

2007年、船場吉兆の食品偽造事件。2008年5月に船場吉兆は廃業した。会見で話題となったのがささやき女将。返答に困る長男への小声の指示がマイクに拾われ、まる聞こえになっていた。あれから19年、ささやき女将は今?

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