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加藤浩次の挨拶。NHKが放送開始してから100年。NHKがお送りした数々のテレビ番組を振り返りながらトークしていく。
100年前のNHKは音声だけの世界だった。テレビジョンの放送が始まったのが1953年。テレビは人々の暮らしとともに作られてきた。報道、スポーツ、ドラマ、歌など沢山の番組が生まれてきた。多くの番組の近くにいたのがアナウンサーだった。
もう一度見たい番組を1万人にアンケート。「テレビ黎明期」は60歳以上。「テレビ全盛期」は40~60歳。「テレビ新時代」は10~40歳未満。各世代1位~25位までを紹介。NHKで覚えている番組を聞かれ今田美桜は「おかあさんといっしょとか天才てれびくんをよく見てた」などと話した。
様々な手法でお茶の間をわかせてきたのがクイズ番組。「チコちゃんに叱られる!」の「ボーっと生きてんじゃねーよ!」は流行語にもなった。クイズ番組の源流といえるのがテレビ放送開始の翌年、1954年に誕生した公開収録番組「ジェスチャー」だった。「連想ゲーム」「爆笑オンエアバトル」「ためして ガッテン」などを紹介。「ウルトラアイ」は山川静夫がボクシングや競輪など体を張り、茶の間の共感をよんで科学エンターテインメントと新たなジャンルが誕生した。
山川静夫が体当たりレポートの元祖。山川静夫は「私は科学の素人でちゃんと視聴者に分かるようにしたい。素人の立場で科学を証明するためにしていた」などと話した。ミッツは「NHKはお硬いイメージがあったからアナウンサーがそういうことをするイメージはなかった」などと話した。そこから変わり、矢崎智之は「あさイチ」で自分の痔の治療を特集にした。視聴者から「勇気出ました」「放送見て病院にいくことにした」などの声が多く届いたという。「連想ゲーム」について、糸井アナは「1分ゲームのあの時計が欲しくて仕方がない子どもだった。幼稚園に入る前から見てた」などと話した。
東京タワーから中継。観覧にきたお客さんが、好きだった番組を書いて発表した。「NHK紅白歌合戦」「連続テレビ小説 おしん」などの声があがった。小堺一機が好きなだった番組は「タイム・トラベラー」だった。
「私の秘密」は一般視聴者の秘密を回答者が様々な質問を繰り出し当てて行く番組。視聴者をわくわくさせたのが高橋圭三アナの「事実hが小説より奇なりと申しまして、世の中にはいろいろと変わった珍しい、あるいは貴重な経験や体験をお持ちの方が非常に多いもの」という決め台詞だった。高橋圭三アナのライバルは同期の宮田輝アナだった。宮田アナの決め台詞は「おばんです」だった。「ふるさとの歌まつり」「思い出のメロディー」などを紹介。「クイズ面白ゼミナール」は最高視聴率42.2%を記録した。司会は鈴木健二。鈴木は番組で紹介する情報は自ら調べ台本は全て記録していた。人間コンピューターと呼ばれていた。自分の色を朗読という世界で磨き上げてきたのが80歳を越えた今なお現役の加賀美幸子アナだった。加賀美幸子アナは女子アナ初のバラエティ番組の司会を務めた。
歌の前の前口上、山川静夫は全部、自分で考えていた。前川静夫は「台本に何も書いてないから本当に苦労した」などと話した。今は大きなスクリーンに書いてあるという。山根基世は「わたしたちの時代はプロンプターもカンペもなかった。ロンプターもカンペが普及するようになってから、何かテレビの言葉が変わったなって感じがした」などと話した。徳田章は「プロンプターを見てしまうと目が死んじゃう」などと話した。「ばらえてい テレビファソラシド」は女性アナウンサーがバラエティーに登場しコントも行う。女性アナが芸人とやりあうシチュエーションを作った初めての番組。加賀美幸子アナがその道を切り開いた。「ブラタモリ」はタモリと女子アナだけがどこで何をするか全く知らされていないという。野口葵衣は「カメラの前でずっと素をさらしている状態。それが怖かったけど、生で生まれる会話が一番視聴者の皆さんが面白がってくれるんだと気付き、タモリさんもいるし、一緒に楽しもうって思ってから楽しくなった」などと話した。
NHKのどんな番組が好きかを聞くと若い世代から多くの支持を集めた番組が「ピタゴラスイッチ」だった。「ねほりんぱほりん」は顔出しNGのゲストが豚に変身。人形だから語れる赤裸々な話を掘りまくる番組。「YOU」などを紹介した。
「YOU」の司会について糸井重里は「コンセプトはもともとしらなくてスタッフのつもりでやってた。司会をしてるのはおまけ。すべての会議に出て一緒に考えてた」などと話した。「ピタゴラスイッチ」は1万人アンケート、テレビ新時代の1位。ピタゴラスイッチのビー玉が転がる装置は3日合宿で撮るという。成功するまで200テイク取り直すときもある。
ドキュメンタリー、そこには人や時代の営みを言葉で紡ぐ語りの名手がいた。「新日本紀行」の長谷川勝彦や「NHK特集 永平寺」の竹内三郎のナレーションを紹介した。語り手は、映像の奥から聞こえてくる声と思いを視聴者に届けてきた。
ナレーションについて今田美桜は「声だけで伝えるのはすごく難しい。いつも聞いてると引き込まれて、すごいなって感激する」などと話した。ナレーションについて山根基世は「最初に叩き込まれたのが節をつけるな、歌うな、まっすぐ読めだった。一番大事なことは感じること」などと話した。
「あさイチ」は過去の番組から受け継いできたのが視聴者からのお便りコーナーだった。NHKは視聴者参加型番組も多く手掛けてきた。その先駆けが「のど自慢素人音楽会」だった。当時はラジオ放送のみだった。「もう結構です」。この言葉を褒め言葉と勘違いする人が多く、用意されたのが鐘だった。「NHKのど自慢」の映像を紹介した。小田切千のモットーが参加者と共に感動を分かち合うことだった。
小田切千は「NHKのど自慢」の司会を10年務めた。のど自慢について徳田章は「歌を歌うのは手段で目的じゃない。お母さんに歌いとか、誰かに何かを伝えたい。そういう思いがあるから手段として歌う。だからそれぞれの方に物語がある」などと話した。
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今後のテレビについてミッツ・マングローブは「あんまり情報に頼りすぎない。アナウンサーの皆さんの感情や感性に託すような番組。とにかくテロップ、文字情報が今のテレビは多すぎる」などと話した。山川静夫は「老人の経験と若者のエネルギー、その2つが合わさったらとてもいい番組ができる」などと話した。江原啓一郎は「何か新しいものを追加していくと思ってたけど、今振り返って、こんな新しいことやってたんだって昔から学ぶことがたくさんあるって驚いた」などと話した。
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山川静夫は「最後はやっぱり人間性だと思う。深い経験と知識から番組を作っていくのが一番大事だと思う」などと話した。